2025年11月28日

今年の作柄を振り返って―②病害虫問題について

モザイク状の草生の畑をつくると害虫被害がでない

菊池達弥 不耕起ではないが草をはやす草生栽培的なやり方をしている。初期成育で競合すると野菜が負けるため、そこは守り、ある程度野菜が大  きくなると草を抑制できているので、草にも育ってもらっている。イメージ的には畑全体がモザイク状になるように栽培している。害虫被害は受けたことがなく、コンパニオンプランツというか畑が雑多な状態が虫を呼ばないのではないかと思っている。『シン・オーガニック』(2024)農文協には「ホロビオント」という概念が出ているが、まさに、そういうことだと自分のやり方に納得している。

森山知也 昨年や今年は、猛暑のために収穫量の面では明るい話題が少ないが、菊池さんのところでは猛暑の影響を受けなかったのは、草生栽培や自家採種のためだろうか。

菊池達弥 ここ2年は自然栽培で無肥料で栽培しているが、菌根菌のネットワークがよく出来ていて、とりわけ、秋や冬には野菜の根と菌とが共生している様子がよく観察できる。草を大切にし、腐植を多くし、耕起の回数を減らすと自然にそうしたものが生まれてくる。害虫被害も少なく、収量も落ちていない。借りている畑だが、平均的な農地であればどんな野菜でも育てられる感覚がある。それも自家採種のおかげだと思っている。

舘野廣幸 昨年にはイネカメムシにやられ、収穫量が半減した。今年はさらに暑くなり、初夏からイネカメムシが見られたため「これはまたかなり被害があるだろう」と覚悟をしていたが、肥料をまったくやらず、雑草だけを肥料にして稲作を行った。

 そして、イネカメムシを捉えるムシヒキアブがいた。「カメムシを食べる虫もいるんだ」と少し希望を持った。捕まえているのは、出穂直前の7月で、越冬した親のイネカメムシである。アブ類は7月から8月上旬が主な活動時期で、8月後半になるとほとんど姿を消す。そして、その後はトンボが戻って来る。親カメムシをアブが捕まえてくれればかなりの効果があるのではないかと感じている。

 もうひとつは対策ではないが、ビオトープ的なものを育苗している圃場の近くに作っている。ここは稲刈りまで井戸水で水を張って、カエル等の生息地にしている。今年は、今まで以上に株元に多くのカエルがいた。

 8月14日にイネの畦の近くにはイネカメムシがいて、朝の時点だとかなり残っていて、かなりカメムシを食べていた。そこで、イネカメムシに全部やられるようなことはなかった。稲刈りをしているときもカエルが株元からピョンピョンと飛び出してくるし、稲刈り直後でも藁の中にカエルが沢山いた。この株元にいるカエルが、昼間に株元に隠れているイネカメムシを食べてくれているのではないかと想像できる。

不耕起では鳥が虫をついばまずサツマイモやジャガイモで被害が

斎藤 昭 作物は高温だけでなく、虫の異常発生にも被害を受けている。コガネムシの幼虫、ドウガネブイブイが異常発生している。例えば、直径1ⅿ、高さ30cmの堆肥中に7リットルのバケツに一杯くらいいる。それから、ケラとかアリ。例年であれば、一代で子どもが生まれ、それで終わりだが、子どもがまた子どもになっている。それから、毒蛾、カメムシ、ニジュウヤホシが異常発生している。

 具体的な対策としては草や落ち葉を使って地面を覆うやり方をし、二つ目は不耕起栽培を行っている。だが、私のところの事例だが、今年はサツマイモは駄目だし、昨年はジャガイモも100%、ケラとかアリにやられている。だから、やはりサツマイモやジャガイモは不耕起栽培をしない方がいいのではないか。

魚住道郎 菊池さんからは、異常気象の中でも問題なくやれているとの報告があった一方で、斎藤さんからは、ジャガイモやサツマイモで被害が甚大だという。堆肥の施用量や耕起方法もあるが、害虫の発生は施肥の濃度と関係しているのではないかというのが私の感想である。例えば、アルバート・ハワードは『農業聖典』の中で「病害虫の発生は作物や土壌の健全性と直結していて、温度が高く肥料濃度が高まり、作物が軟弱になった結果、病害虫被害が呼び起こされる」と指摘している。斎藤さんが報告されたコガネムシやアリの発生状況は異常な感じがした。私の農園でもかなり異常な温度のために、これまでに蓄積された肥料成分が十分に分解されて作物に供給されることから、秋作でも堆肥をほとんど入れていない。いれるとかえって弊害が起きると予測し、堆肥を少なくしたり緑肥を導入したりしてコントロールしている。菊池さん、どうだろうか。

菊池達弥 雑食性のマメハンミョウが出て、夏蒔きのエダマメが食べられたり、ナスが食べられたりと多少の被害はあるが、草を生やしていると草の方を食べたりしている。そこで、虫はいても草生栽培によってうまくかわせ、ほとんど虫の被害はでていない。魚住さんが指摘したとおり、この2年は無施肥で栽培している。私が師匠から教わったのは鶏糞を施肥するやり方だが、そのときには食べられていた印象がある。害虫は肥料に寄ってきているという実感があって、理想的には何も使わなくてできることから、試行錯誤をしている。

 害虫対策では播種時期もすごく大事であることが最近わかってきた。栃木もマイナス5℃にしかならず、秋、冬野菜の9月蒔きがポイントである。9月の上旬に播種するとほとんど食べられてしまうが、お彼岸まで我慢してから播種するとほとんど虫がつかず、2月、3月まで野菜ができる。そういうことをいま工夫してやっている。

斎藤 昭 4、5年前から、必要なところに鶏糞を少々撒くくらいで、肥料についてはほとんどやっていない。落葉だとかを集めて畑に撒いているが、そういうところから、どこにでもいる虫が入って来て、耕さないところから増えていく。畑も以前は大部分は耕していた。するとスズメやセキレイだとかカラスが飛来して虫を食べていく。その耕起を止めていることも被害の原因である。だから、肥料が多いから虫がつくというのではないのではないか。

魚住道郎 不耕起で落葉の下に自然の森のような状態を草生も含めて作っているが、それが害虫の住処になって、作物に影響しているという理解でいいのだろうか。

斎藤 昭 そういう面もあるのではないか。まだ断定はできないが、やはり耕さないでは虫が繁殖していく。その広がりが一番、うちの畑では問題になっている。

数年をかけてでも地域の生態系が整えば病害虫被害はなくなる

魚住道郎 そのあたりで、松澤さん、何かコメントをいただけると。

松澤政満 そうですね。私の場合は共存型の生態系を不耕起草生栽培で作っている。自然の摂理をそのままいかに畑で実現できるかでやっていくと、本当に肥料もいらなくなってしまう。

 一般の方からは「えっ」と言われるけれども、ダイズとかも連作が可能であるだけでなく、連作の方がいいものがよくできる。これは不耕起草生栽培の土の中の生態系だとかをきちんと把握して考えていくとあたりまえのことだが、意外と皆さん、そのところを観察するとか考えながらやることができなくて耕すのが当たり前の感じで農業をデザインしてしまう方が多い。けれども、本当に水もいらないし、土づくりも草が全部やってくれて、いろんな種類の下草が沢山あることによって、作物の害虫を食べてくれる益虫も棲息できる環境が整ってくる。そう考えていくと、できるだけいろんな草が下にある方がいい。それも、特別なマメ類を播くとかではなくて、私の場合はその地域の生態系で自然に畑に生えてきてくれる草をできるだけ上手にいかすようにデザインしていくと本当に手間暇、草取と言う仕事がほとんどなくなるし、楽なカタチで結果的に10年もしないうちに、農業の経済性もすごくよくなり、農業経済学者もびっくりするほど経営もいい感じなってくる。

 植物そのものが自分が一番健康で幸せに生きられるように土づくりをやってくれるので、その集体系の中に作物も共存させてねというかたちでやっていくと作物そのものもすごくおいしくなる。そういう作り方をしている。ほんとうに不耕起草生栽培がこれから温暖化の時代になっても有効なのではないか。

尾形友聡 私が松澤農園に研修に来た2020年には、雑草についたニジュウヤホシテントウがナス科の作物を全滅させる勢いで、ナスのタネ取りができないほど追い詰められたが、不耕起草生でじっとこらえていたらここ数年は話題にすらのぼらないほどになった。生態系の調和からはずれてきたところからやってきた侵略者的なポジションの存在だったが、いまでは農園の生態系に取り込まれた調和の中におさまったという印象がある。

林重孝 ニジュウヤボシテントウムシは徐々になくなった感じなのだろうか、ぱたりといなくなった感じだろうか。

尾形友聡 2020年が大繁殖で、翌年、翌々年は頻繁に見て、翌年は少し危機感があって、翌々から影が薄くなったという段階的に減った印象である。

松澤政満 全体の害虫の天敵との調和バランスがとれるまで1年くらいかかることが多いので、1年から2年様子を見ながらできるだけ手を加えずに、どうやって自然界はバランスを取るのかの勉強の場にもなるので、害虫も許容しながら「ちょっと勉強させてください」というカタチで私の場合はやっている。

森山知也 青森ではいま言われたニジュウヤホシテントウとホソヘリカメムシが大発生して、9月取りのえだまめが吸われまくって全然実が入らない状態になっている。松澤さんしろ、舘野さんのイネにしろ、本当に半壊状態とか全滅状態から劇的に耐えてきている。とりわけ、舘野さんは昨年はひどかったのに今年は生態系でカバーできたという。ここには、何か共通して、植生を利用したり、なるべく生態系を壊さないところにヒントがあるように思うのだが、いま、聞いたところでこうしたらいいという思いつきや手ごたえがあったら館野さん、お願いしたい。

北海道や東北は高温で地力窒素が放出されたことが害虫を呼んだ?

舘野廣幸 野菜は自家用くらいしか作っていなのでヒントになるかどうかわからないが、皆さんと同じく、雑草が肥料になっているので、うちもぜんぜん肥料をやっていない。ただ、温度が高くなると有機物の地力が一気に出てくる現象がある。とくに北海道、北の方では本州並に温度が高くなったときにいままでの地力が一気に出てきてそれが肥料分として効いてそこに害虫が寄って来たという可能性がある。だから、またその後、虫の被害は減っていくのではないかと思う。

 また、今年、皆さんが豊作だったのは、日射量が多かったからだ。温度が高くなくて日射量が多いのがベストだが、それでも、それが実の方にいって収量が増えたと。あと害虫系ではマメハンミョウが出たと。イネにもたまにつくことがあるが、イネにとってはイナゴを食べてくれる益虫である。今年は何人かがイネについたのを見ている。さきほど松澤さんが言われた通り、生態系の中に組み込まれていけばいいのかなと思う。

魚住道郎 関東でも昨年はカメムシ類がピーマンだとか、結構、いろんな作物に付いたのだが、今年は発生予告は出ていたのだが、うちに限らず大きな被害がでていなかった。いままでも大発生した翌年はかなり収束の傾向をたどって来るので、あまりそこに神経ばかりを取られているよりも自然にまた収まるのではないか。

 ピークが来たら害虫自身の中での個体数の中で病気が出たり天敵が遅れて発生したりしてコントロールされていく。それが病原菌によるコントロールなのか他の動物による捕食によるものか明瞭ではないが、そんな感じがしている。うちの例でいうと、ハスモンヨトウがサトイモの葉に付くが、今年は放置しておいたら、サトイモがそれによってかなり大きな被害を受け、これに加えてスズメガの幼虫で葉っぱがボロボロになったがそれでも、被害の前にイモができていたことから、半減かなと思っていたのだが7割くらいできていた。サトイモ自身も頑張る。ダイズもカメムシも出るかなと思っていたら、カメムシもハスモンヨトウも隣にあっても移行しなかったし、例年以上に収量があったし、紫斑病もあまりでなくてきれいなダイズが穫れている。

編集後記

 以下は、日本有機農業研究会が11月28日に行った「今年の作柄を振り返って」というオンラインでの対談結果をまとめたものである。オリジナルは口語であるため、主語が明確でなかったり繰り返しが多かったりしている。それを本人の発言意図を出来る限り損なわない形で再整理させていただいている。また、それぞれが、猛暑の影響、収量、自家採種等について述べていることから、これは病害虫被害についての発言を取り出して対談風に再整理した。文責は編集子にある。

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今年の作柄を振り返って―①気候変動と夏の猛暑について

猛暑の中でも不耕起草生栽培で順調に収量があがる

魚住道郎 今年の夏、とりあけ、梅雨明け以降は厳しい夏が広がって、北海道もとても北海道ではないような夏であった。

司会・森山知也 10年やっていてタネトリが大変だと思うが、気候の難しさに有効なヒントがあるのでそれを後世につなげていきたい。

松澤政満 地球温暖化のためにひどい猛暑日が多く、7月、8月も10mmも雨が降るかどうかという状況が2024年と2025年と2年続いている。しかし、水やりを一切せず、日よけもせず、自然の野草にならった農業を行ってきた。近くの耕して水やりをしている近隣の農家からは「枯れる作物が多く大変だ」との声をよく聴くが、私の畑はほぼすべての作物で収穫ができている。

 水稲は昔から愛知県にある「あいちのかおり」と「じゅうごやもち」を栽培している。うちは、水田生態系を大切にするため、中干は一切やっていないが、今年は、中干をしなくても7、8月はほとんど雨が降らなかったことから、8月上旬には田んぼがひび割れ、コナギのような水草も枯れる状況であった。しかし、コメはなんとか丈夫に育ち、9月以降に雨が降ったことから、粒も大きく収量もよかった。

 カボチャも水やりをしなくてもよく穫れ、つるくびカボチャも2株で50個以上ついている。高温は影響なく過ごしている。

 一番影響を受けたのがサトイモで、草丈が小さく、小芋も小さかった。ナスやピーマン、葉物野菜は7月はまあまあ育ち、8月は成長量が落ちたが枯れるものはなく、9月に雨が降ると8月に収穫量が落ちた分、収量が穫れた。品質もよく農業経営的にはまったく問題がなかった。

 ダイズはこのあたりで昔から作られている、有機農業の仲間がたくさん作り始めた「うりゆたか」を作っているのだが、7月5、6日に播種するのだが、11月に収穫して、猛暑、乾燥はまったく関係なくものすごくよく育ち最高の作柄になっている。こうしてみてみると猛暑、少雨に対して、不耕起草生栽培の効果はすごく大きいなと。気候変動にひとつの目安になる農法ではないかと思っている。

菊池達弥 新規就農して6年目で、150~200種類の野菜をすべて露地で1.4㏊で栽培している。宇都宮はイノシシ被害がなく、カラスがいたずらするくらいですごく栽培しやすい。一級河川の鬼怒川沿いなのでだいたい砂地で栽培しているが、どんな野菜も育つ。

 暑かったがそれでも栽培し易かった年だったと個人的には思っている。2024年は8月にゲリラ豪雨が多く35℃を超える日が多かったのでそれ以外は大丈夫だったが、マメ科のインゲンが収穫できなかった。霜が降りなくなってから蒔いたもの以外は近年インゲンが採れなくなっているので、代わりに高温に強いナタマメを育て始めた。普通に直播するとタネ取りまでできないので、4月の霜が降りる時からポット育苗して前倒しで採種までつなげている。今年から、一六ササゲとか三尺ササゲを作っていて味がよく、インゲンの代用品として作れるので、今後はこういったものを作って、消費者の認知も足りないので皆さんに少しづつ食べてもらいたいと持っている。

早津一仁 我が家はほとんどが稲作がメインで、野菜づくりは女房、おふくろをメインに私が手伝うぐらいしかないのだが、少量多品種で、ほとんどが昔の手伝いに来てくれた方々に手土産で渡してあげるような野菜、果樹、果物は、柿、栗、プラム、ブルーベリーと一杯植わっていますが、今年は柿も栗も、プラムもキウイもあるが非常に大きくてなり年だった。品質もすごくよくて、近くのJAの店舗でおふくろの名前で売っているが非常に評判もよく美味しいといわれた。

 メインは稲作だが、秋田でも1、2発の雪が降るときに、すぐに雨だったり、異常な高温になってすぐに雪が消えて、結果として、3月の雪解けのあと、山には雪がないため、農業用水が不足した影響が春からでていた。水が潤沢にこなくて春に代かきができないところもあった。一方、僕らの平野部は4月、5月がこれまで経験したことがないほど雨ばかりが降って、晴れた日よりも雨が多くて、田圃を耕したくても、乾土効果も含めてプラウで均等にするのだけれども、その作業がやりたくてもできなくて、結果として、水を入れて代をかいたところもあった。レベラーをかけたところは、代かきをしないで、だいぶいい効果がでたのだがそれができなかったという反省がある。

 4月の雨が降らないで旱魃。これも異常で、機械除草で手におえない草取の人夫さん、70代、80代前半のおばあちゃんも来るんですけれども、なにせ9時くらいから35℃になるので、私が就農した40年前とは明らかに違うかなと。そういうおばあちゃん方が田んぼに入ってくれるので脱水症状を起こして半日もたないとか、2時間もたないとか、早退組が多くて、結果的に最後の草の処理ができなかった田圃が収穫が減っている。

早津一仁 うちの有機水田は、あきたこまちとひとめぼれときめのもちがあるのが、とくに影響を受けたのがあきたこまちで一番、穫れていない。品種なのか原因はわからないが、自家採種をずっと続けてきているので、イネは先祖がえりを心配する人が多いが、苗づくりで失敗した。草取りも最後が失敗したが、それは言い訳にしかならないので、来年何かをしなければと思っている。

 一方、8月に入ってからは大きな台風は来なかったが、10月の25日までかかったが、スタートが早いわりに10日以上コンバインに乗っていた。せっかく乾いてヒビが入った田圃で、私も強い中干はしたくない方で、7月とか8月に一応水切りはするのだが、8月の暑さで田圃を乾かそうと思っている連中が乾くまもなくて稲刈りをした。

 田んぼがぐちゃぐちゃになったのでどこまで乾けるのか。逆の見方をすると黙っても田んぼに水があるので、冬期水有り水田になるのかといい方に考えているのだが。

 コメの収量的には十分な水があったためどの品種も、除草剤1回使っている田圃もあるけれども、粒は大きいです。食味計で測っても食べてもおいしい。収量的には全体的な話だと平年並みかな。ただ、ここ2、3年よくなかったので。旱魃で穫れなかった22年と23年。昨年はそれなりに穫れたが、高温障害の白田がでない。穂が出てから雨が多かったので、結果として、カメムシの被害がないので、秋田県全体で一等米比率が95近いのではないか。我が家の有機は、7俵からたまに8俵穫れるときがあったのだが、もちごめでギリギリ7俵、あきたこまちで6俵前半である。

舘野廣幸 今年の作柄だが、イネが出穂した後、8月4日だが、コシヒカリの出穂後、実がどれくらい入るかという時期だが、基本的に水田の雑草は2回、3回、深水代かきで抑えているので、問題はイネカメムシである。8月14日には、昨年は稲穂が下を向かずに天を向いていたが、今年はだいぶ下を向いて実が入っていることが確認できたので少し安心した。

 その後、8月23日に最初の収穫を始めた。野木町は関東地方のど真ん中にあって、標高も海抜20mと内陸なのに低いところなので、日中は40℃近い高温が連日続くので登熟も早いので、稲刈りも例年だと9月に入ってから始めるのだが、今年は8月から始めた。

斎藤 昭 毎年、異常気象に対応するためにやっていることがある。ひとつは収穫後に栽培している作物の一覧表を作って作物の出来具合、タネ取りを記録している。もうひとつは、白老町の天候、とりわけ、気温、豪雨。こういう記録を妻が担当しているのだが、7、8年継続して分析している。具体的には今年どんなような状況だったかをお話したいが、高温による作物の被害、もうひとつは高温によって異常発生する虫が異常繁殖している。この虫の被害を受けている。具体的には高温による被害はどういう作物にでているかというと、ニンニク、ダイコン、ヤーコン。非常に肥大化する。それで、『土と健康』でどこかの人が書いていたのだが、青森のニンニクを九州で植えている実践が書いてあったのだが、ふつうニンニクは5片か6片なのだが、1球、1片になっている。それとダイコンは肥大化して腐っていく。ヤーコンはひび割れ。それが高温によってなって来る。

 それから、最近わかったのだが北海道のような寒冷地の場合は畝は南北に作る。全体的に光があたる。だけれども、いまのような高温になってくると畝は東西にする。そうすると、前面のところは光を抑えれば後は影響しない。大きなヤーコン等はまけばいい。こういう取り組みがある。

 三つにスイカだとかカンロだとかは密集していいのだが、つる性のインゲンマメは密集を防ぐ方向である。3年、4年失敗しているのだが、今年はおもいっきり変えてみて、どうなったかというと、モロッコインゲンはさやの量が多く穫れたのだが、わずかだが、タネ取りも出来た。そういうようなやり方でやってきている。

林重孝 佐倉というと千葉県で結構温かいと思われるのだが、私のところは、結構寒くて、真冬はマイナス5℃、7℃まで下がる。まず、秋物の葉物だが、昨年は9月の頭は被害を受けたが9月末は大丈夫だったが、今年は9月末でも害虫の被害を受けて、寒冷紗もかけなかったもので、撒きなおしをしたりした。それでも、10月に蒔いた分は虫にやられず出荷している。ただ、ホウレンソウとシュンギクは虫に食べられにくく9月の初めに蒔いても生育はちゃんとしている。

 ダイズは今年もちゃんと実が入った。花が咲いた時に雨が降ったから実が入ったかなと思っている。

 果菜類だが、スイカは非常に豊作なのだが、自家採種しているのだが、だんだん自家採種してくる中で自分の土地にあってくるという感じである。もともと「黒太郎」というちょっと小さい、2㎏ぐらいの中玉のスイカと秋田の大潟村に行ったときに大玉のスイカをもらって来てその交雑で固定をさせて、4,5㎏になるのだが、「黒太郎」の血が入っているので縞が入らないスイカなのだが、それが多くできる。

 イモ類は暑かったのでサトイモは日当たりがよくて水が多いとよく穫れる。やはり旱魃になるので日陰の方がよく穫れると。ただ、今年は灌水ができるところは灌水して作ったので割合豊作になった。サツマイモは昨年はツルぼけだったのだが、今年は割合いいものが採れた。5月中に植えたものはよかったが、6月中に植えたものは空梅雨ということで苗がよく活着しなくて欠株になった。5月に植えると非常にいいものが穫れた。

ビニールマルチの使用について

 あとは、ズッキーニとかカボチャとかコリンキー、キュウリ。これは暑すぎると実の入りが悪いことがあるので、白黒マルチを使うようになってからよく実がつくようになった気がする。コリンキーはサラダ用のカボチャだが今年は初めてだが高温を避けるために直播をしてキャップ栽培をした。これは良かったなと思っている。コリンキーは若取りをするカボチャなので完熟性と違って木に負担がかからない。10個もあればよく摂れる。レモン色になったころからとるので、キャップ栽培をすると生育がいいので高温になる前に実がつくので一つのやり方かなあと思った。

 キュウリは春蒔きはいいのだが、夏は、前は直播とポットでの苗と両方やっていたのだが、定植えの時期にほとんど水が降らなくて、北関東は降るのだろうが、私のところは8月にはほとんど雨が降らないので活着が悪い。そこで、今年はすべて直播にした。直播でも水をかけないと芽がでないのだが、それでも直播の方が水が少なくてすむ。

 それと、マメ類だが、インゲンは先ほど話があったが特に春蒔きは実入りがわるい。ただ、ポリマルチを除草の関係もあって高齢化していることもあって一部使っているのだが、今年初めて白黒マルチを使った。すると、黒マルチよりも成績がよかった。収量も増えた。ただ、春蒔きの場合は実が入らない状態なので、いまは夏まきをして、秋のインゲンは実が入るのでそのときにタネを採っている。

 本来ならばマルチは使いたくないのだが、我々夫婦は70歳を過ぎて高齢化してきて体力的に大変だということで一部使っているのだが、それまでは黒マルチだけだったのだが、マルチの上に手を当てると黒と白黒は全然温度が違うので、温度がかなり抑えられると。そこでいいかなと思っている。とくに、カボチャ、コリンキー、インゲン、暑いと障害がでるものには有効かなと思っている。ただ、値段が黒に比べて2倍まではいかないが1.5から1.7倍と高いのだが効果があるのかなと。

斎藤 昭 ひとつ気温の関係でジャガイモをマルチシートで作るやり方があるのだが、昨年と今年で一番被害を受けているのは、ほとんどマルチシートにしたところでわずかしか土をかけないのでその熱でやられている面もある。だから、メ―クイーンだとかはほとんど腐っている。熱でやられていると思う。

魚住道郎 ジャガイモにポリマルチはやはりいただけない感じがする。関東でも葉が太陽光をさえぎっているときにはポリマルチの弊害はでないが、葉がまだ青いうちに収穫をせずに地上部が枯れてから収穫すると、あの熱をまともに受けて、イモが腐ることが起きている。私はまったく使っていない。十分に土寄せをして、腐るものは腐らせて残りをきちんと収穫するやり方で7月に収穫したものを翌年まで持たせることをこの何年間は続けているが、その方が安定している。

松澤政満 あまり人間の都合にあわせて作業しているのではないか。私は、結果的に、マルチとかビニールシートも使う必要がないので使わないし、ゴミもでない。環境にも経済にもいいなという。そういう感じの農業ができるのは、いわゆる皆さんが雑草と言って嫌がっている雑草をいかに味方につけるかに農業のポイントがあると思っている。水田の雑草は、背が高いヌカギリがパラパラと見えるだけで、ほとんどがなく雑草対策もほとんど苦労しないですんでいる。

鳥獣害被害

松澤政満 クレソン、半分野草で経済効果が大きいのだが、水が足りなくて困ったが、山の中の水がなくなってイノシシがクレソンのあるところによってきて泥遊びの場所として侵入して、電気線を張ってもシカと一緒に突破してくるので苦労している。

森山知也 チャットで質問がきている。ニンジンの種蒔きは梅雨明け前の中休みを狙ってと本であるのだが、最近は乾燥傾向にあるので、14年にわたって自家採種を続けてきたが、絶滅しそうです。6月以降、祈るように蒔いてきましたが、芽を出したのは1本だけ。何かいい方法があれば。水やりはできないそうです。

魚住道郎 魚住 質問された方の地域はどこですか。

森山知也 栃木県です。

魚住道郎 梅雨明けが7月半ば、20日前後かなと思うんですが、だいたいその後の気温の上昇を考慮して、梅雨明け直前か、梅雨明け直後の水気のあるときにタネを蒔くのが1回。8月の上旬に2回目、中旬に3回目と。3回くらいに分散して蒔いておけばそのうち1回くらいはなんとかなるかなとうちも3回やりましたが、1回目はきれいにそろいました。ポリマルチの太陽熱消毒はやっていない。ところが、2回目、3回目、どの程度発芽するかをみていたのだが、あまりの高温で発芽後に消えていった。3回目も発芽したけれども、ないしは発芽できず、部分的に発芽したところも消えてしまった。40℃、地表面は50℃近くなっているのでニンジンの生育適温、発芽したての子葉ができたときの許容をはるかに超えた温度に達してしまうので、7月の半ば、早めに一回は蒔かなければならない。ただ、早く蒔くとニンジンは根が長くなってしまうので、7月末から8月中旬になんか夕立があったり、ないしは雨があった後に蒔くのがいいのかなと思っている。

 このあたりの慣行栽培の人も春蒔きは朝やらなくて夕方、起こしたての土が乾かない、湿気があるときにタネを蒔いているようです。その後、ローラーで鎮圧しています。私はつるつるにした管理機や足で踏んだりしてやっています。

林重孝 私も今年は8月14日に雨が降ってそれまでずっと降らなくて、いま魚住さんが言ったように雨が降った後に蒔いて、カニの横歩きのようにしっかり鎮圧して、さらに蒔いたところにモミガラをかけたんですよ。3分の2位。すると発芽率が全然違いましたね。モミガラをかけることで水分の蒸発を抑えられ、少し地温を下げることが発芽を良くしたと思うので、それを上にかけておくことが非常に効果があるかなと思います。

菊池達弥 梅雨明け前の中休みを狙ってとのことですが、宇都宮は7月の下旬から8月一杯が蒔き時かと思っています。自家採種のためには7月蒔きだと大きくなりすぎてしまうので、冬用の出荷用にして、8月の中下旬の雨待ちが自家採種に向いている感じがしている。

生物多様性の保全

松澤政満 水田では、シャジクモ、トリゲモ、アカウキクサ、ミズオオバコが毎年はえる。絶滅危惧種に指定されているトリゲモは、7月の猛暑と乾燥で姿を消していたが、ちゃんと再生した。また、準絶滅危惧種であるトノサマガエルやモリアオガエル、絶滅危惧種であるアカハライモリ等、近辺の水田ではほとんど見られない両生類が10種類以上棲息している。これもたくさん発生した。8月に水田の水が切れた状態でどうなるかなと思ったが、生き伸びていることから、絶滅危惧種もこうした農法で保存できるのではないかと思っている。

編集後記

 以下は、日本有機農業研究会が11月28日に行った「今年の作柄を振り返って」というオンラインでの対談結果をまとめたものである。オリジナルは口語であるため、主語が明確でなかったり繰り返しが多かったりしている。それを本人の発言意図を出来る限り損なわない形で再整理させていただいている。また、それぞれが、猛暑の影響、収量、自家採種等について述べていることから、これは収量についての発言を取り出して対談風に再整理した。文責は編集子にある。

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2025年11月13日

変わりつつある「環境負荷の小さな農業」の広め方~ディスカッション

意識を変えて行動を変えるよりも敷居が低く行動を変えることで意識も変える

渡邊春菜 最後にプラスαで社会を変えていくというお話があった。坂ノ途中もまさにそれをやってきた。野菜セットそのものは「大地を守る会」とかが昔からやってきたのだが、野菜セットの内容は同じであっても、安全・安心と言う言葉を使わずに環境負荷の低減にしているし、選べないことが楽しいとか、情報発信のやり方を変えている。それで、幅広いお客さんに届くようになったサービスではないかなと思う。まず、小野さんの中で、何を変えたかということがあるのかだろうか。

小野邦彦 まず、選べることが豊かさだという時代は終わった。すでに選択肢が多くて疲れてみなクタクタになっているので。そして、1971年の運動の闘士たちがやってきた頃よりは有機農業が受け入れ易くなってきているので、我々はコアではない、原理主義的ではない人をお客さんとして巻き込むことを大事にしている。

 真田先生の話では意識が変わって行動を変えるしか考えてないのだが、それだとすごい時間がかかる。だから、我々は、まず、踏み絵を踏ます。「思想的に共鳴するかどうか確認させてください」ではなく、すごくライトに買ってもらう。それで、美味しいなと。で、蟻地獄的にしみ込んでいく。行動から価値観を変えていくことがあるという思考回路で事業を設計してきた。

渡邊春菜 今回、119名申し込みがあり、89名が実践事例を回答してくださっている。Kさんお願いできますか。

K 環境問題から入って有機農業を始めて、僕はマルチもトラクターも使っていたのだが、慣行農家がマルチを使ってない。畑にいるいきものに焦点をあてて理解していくことをしている。その積み重ねがエネルギー効率をあげる。無駄なことをしないと。自然をがんばって自分なりに理解するしかないのかなと。

真田純子 石積みをやるときに石工さんに疲れない手順をすることを教えてもらった。こっちには一生懸命しなければという意識があったのだが、作業を続けるには楽をしながら成果を出すことが大事である。いまは、規格化が厳しい。私も坂ノ途中の農産物を買っているのが、規格への意識が変わっていくといいのではないかと思う。

スリランカの有機農業の失敗としたたかなEU、持続したキューバ

チャット質問K.H氏 先生が考える環境負荷をかけない農業にはどのような観点があるのだろうか。

R.F氏 ただ単に全国一律に有機農法推奨ということではないことを理解した上での質問だが、2022年に有機農業100%を目指したスリランカが破産した、というニュースについて、何か思うことがあればご教示いただきたい。

小野邦彦 スリランカの失敗について、有機農業に懐疑的な人は「ほらみろ、やはり絵に描いた餅だ」と言われている。しかし、有機に転換するにあたっては相当な危機感がスリランカ政府側にはあった。その危機感が高まって突破的にやったので失敗した。実は、ラオスもタイとかから化学肥料の販売が始まっていて、それに対する外貨流出が問題になっていて、じっとりと有機農業を国策として推進している。農業省内には有機農業の推進部署があり、首都のビエンチャンのど真ん中には市場があるのだが、そこでは有機農家しか売れないとかの政策をしているので、有機農業がいいという意識は高まっている。スリランカは有機農業の推進に失敗した、というかやり方が無謀だった。

 実はこれに近い話でEUDR(EU Deforestation Regulation:森林破壊防止規則)がある。DRとは、森林破壊の防止原則で、2022年以降に森林伐採したプランテーションで作られたココアとかコーヒーは買うのは止めると言い出した。ところが、24年の年末に、先送りしようとなった。で昨日も2026年からやるのを先送りしようとなった。つまり、EUは賢い。「やるぞ、やるぞ」と企業をせかしておいて、いざ、いきなりやると混乱が起きるので延期と。彼ら彼女らにとってシリアスな問題は、エモーショナルな危機感を持っているよりも輸入資材に依存するのが怖いということであると。

小松光 キューバも有機農業への成功例だと言われているが、スリランカと同じような状況になったのだが、ソ連崩壊でそれ以外に方向性がなかったので長期間やっていたのでなんとかなってきていると。

Eコマースと販売方法の問題点

K.K氏 社会背景とともに科学技術の進化に伴い、購買方法や販売方法も急激に変化しているが、この先の未来はどのように購買方法が変化していくのだろうか。

2025111301.jpgM氏 自分が、生産者にならねばと思ったきっかけのひとつが、石田徹也さんの「燃料補給のような食事」という絵画だった。ある意味、逆ベクトルの風景を作る食事だとふと思った。恥ずかしながらはじめは「よいことへの共感」ではなく、ショック療法だった。

真田純子 Eコマースは中間的に搾られないのはいいのだが、消費者側の意識が変わらないと消費者の好みにあわせた農家が勝つことになると。敷居を下げる坂ノ途中の考え方と、ちょっと違うと思う。ファーマーズマーケットは式がよければいいのだが、直接つながりすぎるとわがままなお客とつながるといままで以上に苦しくなると。どういうところとつながるのかと

小松光 個人的に思っているのは、これからは大量に生産して消費するのが厳しくなるのではないかなと。先日も大阪のスーパーさんと話したのだが、大阪府は人口が減少していて2050年には日本にまだスーパーがなかった時代の人口になる。人間が集まっているからこそ集中型システムでいけたのだが、そして、東京はこれからもいけるかもしれないが、それ以外のところはいけなくなるのではないかと。

真田純子 いま、ここ3カ月ほどチューリッヒにいるのだが、100m毎にスーパーがあったり、同じ建物内に二つのスーパーがあって、なぜ成立できているのかわからない。ビオのモノを売ったりしているのだが。

小松光 いま、真田先生はスイスから参加されている。スイスの大学で石積みとかの授業をもっておられるので数カ月いったりきたりしている。

普通の人でもやっていける有機農業のために必要なことは

吉田太郎 渡邊さんがイメージできる普通の人でも有機農業で暮らせるというのはどういうあり方でしょうか。どうしても、今の国の政策だと、アグリテックを活用できたり、独自のマーケティング力やブランド力がある起業的農家だけが着目され、そうした力がない人は応援しないという感覚があるのですが。鳥獣害があるところはただ住んでいるだけでベーシックインカムを出すとか。

K.H氏 わたしも普通の人でも有機農業でくらせるというのができるものなのか、私自身はノウハウもなく、ハードル高そうと感じた。ふつうの人でも有機農業でくらせるための、課題はどのようなものがあるか、知りたい。

渡邊春菜 良い質問と言うか、私自身にも明快な答えがないのだが、普通の人は、頑張って。これまでの有機農業のレジェンド的な人は、自分の力で[情報を]発信したり、まわりがどうであれ[それに振り回されない]もたくましい人が多かった。そういう人が目立っているために、そういう人が増えたりするといいなと最初は思っていた。けれども、それは誰にでもできることではない。ここで研修するとか、そういういい仕組みが整っていないのが現状で、それでは一部のたくましい人しか生き残れない。農村で人口が減っていくときに大きな農家だけでなく、有機農家でも色々な種類がいていい。坂ノ途中は専業でやっていく人を応援すべきだと思っていたが、そうではない環境も持続可能なカタチで維持する人も増えることが必要だと。それは、雇用就農でもいいし、あるいは、年収300万円だが、地域住民としてやっていくとか。とにかく、普通の人が自分が生産したものは流通に載せて出荷できるとか。そういう地域があってもいい。そうイメージしている。

小松光 僕たちは北杜市に調査に行っている。そこでは、若くてどんどん農地を拡大して元気にやっている人もいる。けれども、その一方で50歳で就農される人もいる。それまでの貯金を切り崩しつつ、年金がもらえるまで、あまりしんどい思いもせずに農業を続けられている人もいる。それは、農水省がイメージしている農業者ではないけれども、人口が減っている地域ではそういう事例がもっと知られてもいい。ネットで情報を見ているといい事例ばかりがヒットして、それをみれば元気になるけれども、そうではない人の話も抱いていくことも大事かなと。

渡邊春菜 現状としては、そうしたやり方でやっていける地域は小さいので。

小野邦彦 製造業との比較で考えるとわかりやすいが、製造業では資本装備率が高いほど有利である。ところが、新規で有機農業をされる人は、まさにないない尽くしで、裸一貫で飛び込むので、クレージーな人しか生き残れないのが現状で。これくらい迫力がないと有機農業がやっていけないというのではとても広がらない。企業でも自治体でもいいし、ある程度、そこが資本装備をしてあげる。土壌改良をしてあげるとか、協働出荷場を整備するとか。あるいは、農業機械をシェアができるといった状態からスタートすれば、年商規模が大きくなってから投資するのでなく、年間200万円、300万円で他の仕事とかけもちしながらライトな農業がやれる。

小野光 地方に住むことを考えると、県立高校を潰さないとか、保育園があるとか。農業政策だけでやるとすると厳しい。

吉田太郎 林道・農道も人が減ると獣が使うようになっているし、農業用水路の維持管理とかも大規模農家だけではできないので、普通の人が増えられる仕組みー例えば、スイスは生物多様性を維持していれば平場以上に山間地は多く所得保障があるとかーも大事かなと思いました。

渡邊春菜 では、真田先生、最後にコメントを。

真田純子 今日は、いろんな方が参加されていると思うが、どういう社会ができるのか」についてが共有されていると力になるのかなと思った。皆がそれぞれをやっていけば、社会は変わっていく。実際、この20年でもかなり変わっている。

K.H氏 有機農法に興味をもったのは、栄養価が高くなることや、化学肥料の観点からだった。環境負荷の低い観点からも考えてみたい。意識の変化ではなく、行動の変化が必要という点も新たなきづきとなった。

編集後記

 議論の中では、格差の広がり等、山村振興法の頃から変わっていないとの指摘もあった。その中で、裾野を広く敷居を低くし、誰でも参加できるように巻き込むという坂ノ途中の戦略は、食べ直とは違う大切さを感じたりした。

 なお、個人的には小野邦彦さんからのラオスの情報に感動した。社会主義国であると同時に、ラオスやタイの山岳地帯は、ジェームズ・C・スコット教授が指摘する「ゾミア」のど真ん中だからだ。 それと、思想を変えるよりもまず行動変容を、という小野邦彦さんと真田純子教授の指摘も興味深かった。というのは、若干、表現が違うもののこの11月に販売される拙著『社会実装するオーガニック』もほぼ同じことを結論として示唆しているからだ。必ずしも的を外していないという意味で嬉しく思った。

 なお、チャットでの質問も自分以外は名前はイニシアルにしたが、内容の要旨であって発言そのものではないことを御理解しただきたい。

【画像】
燃料補給のような食事の画像はこのサイトより

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変わりつつある「環境負荷の小さな農業」の広め方

研究室は3名から8名へ~自治体や企業ともつながる

渡邊春菜 今日のタイトルは「変わりつつある『環境負荷の小さな農業』の広め方」とさせていただいた。広め方についての答えをまだ私自身が持ってはいないが、いま見えていることをまず考えている。坂ノ途中はその創業時から一貫して環境負荷が小さい農業のバリューチェーンを再構築しようとしてきた。共感するお役様に農産物を売ることで生産と消費との分断を超えて、共感ある消費者にしようとしてきた。2010年代にはコロナ禍もあって、さらに消費者の裾野を広げようとしてきた。2022年には「坂ノ途中研究室」を作った。まだ博士課程に在学中の私とメンバーは3人だった。まず、自分たちの現在地を知ろうとした。現在では、生産者とは取引以外のことでも関わっているチームとなっていてメンバーも8人になり、自治体や企業とも連携して、これまでない人とも関わりを持っている。

 生産者や地域の方々と関わって私が感じたのは、たくましい生産者が増えていくことは大事なことなのだが、普通の人が有機農業で暮らせる地域を作ることも大事であると思うようになった。その大きな一歩となったのが今年1月に徳島県神山町でのフードハブプロジェクトで白桃薫さんの話を聞いたことである。また、日本ではひとつだけの有機農協、北海道有機農協にお邪魔したりした。同時に今年になってからは自治体とも関わる機会が増えた。

排除されてきた有機農業から地域を守るために評価される有機農業へ

 さて、これまで新規就農で有機農業をやりたいというと「暮らしていけないから止めたほうがいい」と言われてきたのが、最近はオーガニックビレッジが盛んに行われていることから「うちの町に移住しませんか」とか、「うちの町には研修制度がありますよ」とか、公的に自治体が有機農業の後押しをし始めるようになってきた。有機農業そのものが慣行農業に対するアンチでなされていたのが、いまは、人口が減って農地が維持できないことから、その対応策として有機農業を推進しているところがかなりある。例えば、岡山県の新庄村、奈良県の三宅町は地域おこし協力隊を使って有機農業を進めているし、山梨県の北杜市は、移住者向けのパンフレットのトップが有機農家になっている。つまり、社会が変化してきている。では、この16年、20年で何が変わったのか。ざっくりとまとめてみたい。

消費者の選択肢は増え、生産者も個々から面へ

 まず、農家全体の戸数が減っている。しかし、その中でも有機農家は横ばいか微増である。また、農水省のオーガニックビレッジも2022年は55だったのが、2025年は150ですでに目標を前倒しで達成している。次に流通と消費を見てみると、新しい選択肢が増えていることがわかる。2017年に京都オーガニックアクションや野菜バス等、協働での物流が始まった。2000年にはOisix、2009年には坂ノ途中が操業し、産直が増え、2015年にポケットマルシェ、2016年は食べ直と、Eコマースも増えている。道の駅の数も爆発的に増えて、2005年の830が2024年には1,213になっている。坂ノ途中のお客様も2010年はごく少人数であったのが、いまは1万件を超えて急増している。

 農水省が有機農業を巡る事情として最新版をこの10月に更新しているのだが、「個々の農業者の点での取組みから面が必要だ」と言っている。これは私たちが言っていることと同じである。

今後は消費者の裾野を広げ、生産者はネットワーク化する

 こうした中で、坂ノ途中がチャレンジしているのは、個々の農家の販路となることは続けてやってはいるのだが、消費の裾野を広げることも必要なので、もう少し広い範囲で、スーパー内にコーナーを増やしたり、大人も子ども学べる「やさいのきもちかるた」をつくったりしている。具体的には、トマトは乾燥地の野菜なので、輸送中に湿度があるとトマトが割れることがある。それに対するお客さんの許容度をあげるためである。

 また、研究室として現場に対して見えることを白書として共有していく。また、自治体や企業と連携して、現場の声を反映した取り組みが出来たらいいなと思っている。

 個々の生産者が強くなれるようなレジリエンスの涵養のためのワークショップ。また、サスティナブルファーマーズラボによって、共通の課題を地域や世代を超えて学びあえる場、色々なレイヤーの人が学びあえる場を作りたいと思っている。

 まとめだが、いま、有機農業が推進しやすくなっていて、有機農業を通じてよりよい社会をつくる動きが活発になっているのだが、だからこそ、立場が異なる立場の人がタッグを組むチャンスであると思っている。

 次に真田先生からは戦後からいままでの歴史を深堀して、皆さんと一緒に考えていただけるようにお願いしている。

消費者とともに農業で未来をつくる

東京科学大学 真田純子教授

徳島での石積みからの農業へ

 私は土木系のところにいるのだが、やっていることは地域計画で、専門は農村景観、農村活性化、石積みをやっている。東工大に来る前に9年弱、徳島大学にいたことから、農村のことを考えるようになった。

 まず、積み方が口伝で伝えられてきたので、それを本にした。棚田があるような平地以外の場所を選ぶ人は環境に対して関心が高く、空石積みは、隙間が多く持続可能な工法として世界的にも着目されている。

 私が石積みを始めたのは2009年で、その頃は、石積みといえばお城だと皆が思っていたのだが、だんだん自分たちでも石垣を治せるという意識が広がってきた。そして、子ども向けの「ずかん石積み」も出させてもらった。つまり、文化財からかなり意識が変わって来た。有機農業の広がりを渡辺さんがさきほど話されたが社会が変わってきていると感じている。

産直市のモノを食べると食の選択が季節と場に規定される

 次に、農文協から『風景がつくるご飯』を出したので、それを中心に話したい。徳島にいたことから、実践を通じて2023年にこの本を書いたのだが、農業の変遷、消費者の意識の変化、これから何をしたらいいのかと話したい。

 まず、「風景をつくるご飯」をどうして思いついたのかだが、農村風景を見てこれはそこでされている農業の姿だと実感したのだが、ハウス栽培とか農村風景と違っていたり、耕作放棄で風景が崩れたりしていた。こうした徳島の農業をとりあえずは応援したい。そこで、過疎地域のものを買おうと産直市の野菜だけで生活をしていたことがある。そこで、気づいたのは食べ方そのものを変えなければいけないということだった。

 産直市だとこれが売っているから、それを食べようとなる。つまり、食べる決定権が場所と季節に規定されている。そして、この野菜をどう食べるかということを数年続けていると自然の恵みをいただくことに気づく。例えば、冬には品目が少なく、春に菜の花がでてきたりとか、季節外れのメニューが気になる。すると冬にキュウリを食べることが何なのかと環境問題も気にするようになってきた。

地産地消ではなじまないことから出てきた言葉が風景がつくるご飯

 そこで、最初は徳島の農業を応援したいという個人的な活動だったのだが、消費者の消費行動、都市部で暮らす人たちの選択、生き方が重要なのではないかと思えるようになった。そこで、名前を付けて広めることが必要で、地産地消とか既存の言葉もあったのだが、もう少し複合的なものだなということで、「風景でつくるごはん」という言葉になった。この風景は対称、つくるは能動的な行為で、ごはんが手段。つまり、農村に関与することができることを意味している。

日本が工業立国化するために意図的に減らされた農村人口

 次に農業の変遷について話す。まず、過疎がなぜ起きたのかを考えてみたい。農業者の人口は1955年の1,489万人が20年後の1975年で672万人へと減っている。ここにあったのが高度成長で、都市に人が出ていったからだと説明されるのだが、それは自然減少ではなく政策として農業者の人口を減らそうとした結果である。1957年には新長期経済計画で、重化学工業を82%伸ばそうとした。そして、農業者の中で不完全就業者がいるので1,750万人から5%減らすこととした。それが、生産性の向上であって、それで所得格差も減らすことができるとした。工業だけが成長して、農業が成長しないと貧富の差が出て格差が広がるので、農業の生産性を向上させることは、工業を発展させたい国の政策として必須であった。

 さて、産業部門は産業を拡大すれば不完全就業を解消できるのだが、それには、消費が増えないといけない。そこで、農業を成長させる21.5%というのは相当厳しい目標なので、農業者を減らすことが手段となった。

 1960年に所得倍増計画が作られたのだが、すでに存在する格差を是正するため、一次産業従事者を1960年の1,645万人を1970年には30%減らす。就業人口に占める農業者40%を24%にするとした。これによって農村人口の流出が進められるであろうと期待していた。

 そして、農業者人口を減らすことで、機械化、大規模化による近代化をおこなう。これが自立経営の増大で、1961年に農業基本法、1966年に野菜生産出荷安定法が作られる。

 農業基本法は、保護的な農政を止めて経済合理主義的農政に転換すると。具体的には大規模化とモノカルチャーである。そして、工業の賃金が高くなるので、野菜の出荷でも近代化しようとした。

 この機械化によって宇田川武俊がどれだけエネルギーを使うようになったかを数字で出しているが、かなりエネルギーを消費する農業に変わっていった。

工業に対応した農業の近代化は農業内でも格差を生んだ

 1965年に山村振興法が出来るのだが、その提案理由に、生産性が競争原理になることで農村間での格差が生じるとある。つまり、近代化の効果がでやすい平地で機械化をしたために、平地と中山間地域とで格差ができた。工業と農業との格差を埋めようとしたのだが、農業内でも格差がでてきたと。

 農業が工業化の足かせにならないように効率化されたため、農村は食料生産の工場とみなされるようになった。大都市化に適応した農業、大規模・単一栽培が進んだが、効率化には向かない中山間地域は過疎化して、農村の文化、固有の自然が失われた。

大量流通が産んだ三つの無駄

 次に流通の話をしたい。流通もこの時代に変わっていく。産地がどんどん拡大すると1960年代後半に集散市場体系が確立される。中央卸売市場に野菜が集中するこの現象を研究した樫原正澄が「都市の成長と農産物流通」で三つの矛盾があると指摘している。

 第一は、大都市に集めたものをさらに地方に転送するという無駄である。

 第二に、出荷規格が厳格化したり、段ボール化してそれにかかるコストが増えること。そして、産地が形成されて連作障害で化学肥料や土壌改良剤が多用されたことである。流通コストを下げようとしたのだが、それが、結果として、長距離輸送問題が解決されず、地場野菜の流通が難しくなった。

大量に仕入れ廉価な販売が消費者の嗜好を変えることへ

 同時に1960年代にスーパーマーケットという業態が登場する。初期の特徴は、大量に仕入れすることで原価を下げることであった。客が自分で選ぶセルフサービスによって人件費を下げたことで、自分が選んでもっていくのが建前だから、大量生産の商品ということになり、扱う品物も変わった。

 それまでの八百屋はプロだから「これが旬だ」とか「これは見栄えが悪いけれどもいい野菜だ」と言っていたのが、スーパーが購買意欲を煽るようになってきた。つまり、関係性が変わった。そのうちにスーパーの役割が安いから、そこにいけば何でも揃うになった。収入をあげるために単価をあげるために規格をまっすぐにするとか高級化したりするようになっていく。虚偽の価値。店側のプロモーションが効くようになって、農業が集約的になった。

 こういう社会の中では、消費者の価値観が重要なのだが、それは無意識のうちに作られている。流通業者が価値化を操作したり、マスコミが扇動したり、都会にいると曲がったキュウリが選べない。できあがった流通形態の中でしか選べないと。

 こうした関係性で農村が過疎化している。まちづくり、地方創生が言われて、がんばらないと消滅するぞと。選んでもらえる農産物を作って選ばれないぞとなっている。

消費者の意識は変えられる

 さて、消費者の意識、購買行動、社会の意識があるのだが、それは、必ずしも一致しないし、しなくてもいい。タバコを例にあげると昔はカッコいいものだったのが、それは個人的には悪くはないが周りが逆風があるのだが、まだ、止められないと言う人がいる。つまり、煙草を吸うという行動そのものは変わらなくても、その意識の中ではかなりグラデーションがある。社会の意識を変えていくことと個人の意識を変えていくことが重要なのだが、それには段階がある。

 まず、環境意識として意識が高い人が買うものだという段階がある。次に、自分は必要だとは思わないが社会的に重要とされていることはわかるという意識がある。さらには、将来の持続性のために重要であるという段階がある。

 こういう話を大学院でもしているのだが、消費者の意識は変わりつつあるし、変えることはできる。また、行動の変化が意識を変えることもある。喫煙しにくくなったので吸わないようになるとか。つまり、意識が変わらないと行動が変わらないということもなくはない。

どういうふうに未来を変化させればいいのか

 では、どのように未来を変えればいいのか。まず、公的な資金を使うときに環境に負荷をかけない農業を取り入れる。個人の消費を変えることは難しいが公的な消費は変えやすい。そこで、給食やイベント時の食料調達を変える。

 次に、ふるさと納税の返礼品もよいカタログを作る。どういう価値観で選んだかを公表する。それ自体が意味を持つ。

 第三に、中心市街地の商店街を再生するときに、これはお役所の縦割りを超えて取り組むべきなのだが、これが効果的なのではないか。

 企業のCSRもあり、九段会館の下にある九段食堂では環境に負荷が小さい小規模な農家から仕入れたものを使っている。農家側が出せるものでメニューを決めているので定食しかない。

 そして、農家側でも環境に負荷をかけない農業について発信することができる。天日干し、露地野菜もエネルギーを使っていない。伝統種もおいしい、珍しいではなく、遺伝的資源を大切にしている。棚田米も伝統的技術の保全や国土保全に役立っていると。そういう観点があることを少しづつ擦り込んでいく。何か新しいプロジェクトを始めるのではなく、今やっていることに少し工夫することで少しずつ社会が変わっていく。

編集後記

 20251113日、坂ノ途中の研究室の主催により「サスティナファーマーズラボVol.12 」がオンラインで開催された。普段は、農家が対象だが、今回は一般人も申し込めば参加できた。

 画像キャプチャー等は禁じられていたため、本稿は、それを聞きながらメモしたものである。あくまでも、オンラインでの聞き取りメモを再整理させていただき、見出しも勝手に付けたものなので、正確さは欠くものとご理解いただきたい。後半のディスカッションに続く。

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2025年10月21日

「日本有機農業研究会シンポジウム ―「令和の米騒動」と「百姓一揆」を根本から考えようのまとめ

基調講演~食権力とは何か

Tatsushi-Fujiwara.jpg藤原辰史 今日は食権力、フードパワー、ということで、様々な取り組みですね。有機農業を含めてだが、食べものを通じて、社会を少しでも1mmでも変えていく試みの歴史的根拠にあたることについて議論をしていきたい。食権力とは私が考えた概念であると共に、歴史的にも使われてきた言葉である。「食の余剰と食の技術の集中を根拠として、人間および自然を統治・管理する力の束のこと」である。

 これを実際に言ったのが、ヘンリー・キッシンジャーで、「フードパワー」という言葉を使って、石油が軍事力と同等に食も外交の武器として用いることができるとした。相手を脅迫したり、食べものをやらないぞと言ったりすることができる。

 食権力の特徴は、第一に、金銭や石油、ガスといったエネルギーを根拠に発動される権力よりも根源的、かつ、恒常的に人や自然を変化されることになる。
 第二に、あらゆる権力にはもともと食権力があって、占い師は食べ物を独占する。あるいは、食べものを生産しないで握ることによって、食べものを他の人々への配分の権利を握っていく。これが、やがて、王や政治家に変わっていく。つまり、そもそも権力は食権力から始まっている。
 第三に、食権力の象徴として倉庫がある。倉庫に食料を抱え込んでおけば、それが共同体の食べ物の象徴となる。場合によっては、そこに攻撃が仕掛けられたり、それを持つことでそれに従属している様々な人々、集中している食権力の担い手に敬意を抱いたり、あるいは、おそれを抱いたりする。
 第四に、『反穀物の人類史』(2019)みすず書房の中で、ジェームス・スコットは、穀物という地上で成長して収穫ができるコメやムギは、古代の巨大権力が人々から税を徴収するのにちょうど見えやすい、監視しやすい食べ物だったと言っている。これは、まさに穀物が食権力の中心となっていく出来事と重なっていく。
 第五に、食権力という言葉の理論としては、ミッシェル・フーコーの哲学がある。フーコーが言う「生権力」と食権力は親戚、もしくは兄弟のようなものである。フーコーは「生きている者を価値と有用性の領域に配分し、資格を定め、測定し、評価し、人間を上下関係に配分する作業」としているが、食権力はまさに生権力の一部でもあり、食を通じて人間を上下にわけていく。ちなみに、フーコーは、生を重視していたが、国家は人口を増やししたい。人口を管理したい。あるいは、優性思想的に人口の質を高めたいと思うことから、性と食は常に相互において巨大な権力を発揮していく。

 食権力の発動の仕方は、食の集中だが、巨大な資金を持った人間が世界中の生産者から穀物を集め、世界中の消費者へと売っていく。まさに砂時計のようなカタチで一カ所にボトルネックで集めて売るということになる。この砂時計モデルは、ラジ・パテルが『肥満と飢餓』(2010)作品社で唱えた理論で、ちょうどボトルネックの部分を握ること。これは、単に食料だけではなくて、農業技術、遺伝子組み換え技術、化学肥料技術、農薬技術が砂時計で集まっていくことで、ここのボトルのちょうどくびれの部分の言うことを聞かない限り生産者も消費者も両方とも立ちゆかないという、そういう権力のあり方である。

 食権力という言葉はキッシンジャーが使っていたように、食を使って人を苦しめる、外交の武器にするというマイナスのワードが多いが、必ずしも悪い意味でなくて、学校給食のように自治体が食の集中によって子どもたちに平等に食べものを配分する給食もまた食権力となる。巨大な食権力、穀物メジャーのようなとんでもない権力を持つ企業に対して、例えば、生活協同組合であるとか、地産地消のような、あるいは、提携運動のようなカタチで小さな食権力を握ることで、自分たちの食のあり方を決めていく食の自治もこれもまた権力の問題で、そういう意味での権力という言葉は決してマイナスだけではない。「食権力」に「食暴力」という名前を付けなかった理由は、「食権力」には巨大なモノと小さなモノと二つの意味があるからである。小さなモノとは、巨大な世界を支配しているようなものに対して、まさに食の砂時計のガラスに孔をあけて、直接、消費者に食べものを落としていく。そうしたアナーキズム的なものを自治的な食権力を巨大なものに対抗させることである。

K.N 藤原さんのお話は、食権力の「砂時計」の考え方に納得しました。食料はなぜ足りないのかという議論は私の通う大学でもありますが、その議論の帰結は必ず「食品ロス問題」に矮小化され、食べ残ししないようにしよう、という具合です。しかし本当に見るべきは穀物メジャーによる意図的な食料配分の操作であるのに、そこが捨象されることに強い疑問を感じています。その議論に対していみじくも言いえた、というお話で、大変聴き応えがありました。

米騒動と百姓一揆をめぐって

米騒動は報道されるが百姓一揆は話題にはならない

Nobuhiro-Tenmyo.jpg天明伸浩 中山間部の担い手は80歳代、平野部でも70歳代後半なことから、中山間地では5年後、平野部でも10年後には急激に農業の崩壊が進む。東京や大都市の県庁所在地に住んでいるとこの農村崩壊の感覚が涌かないが、30年前の就農時と比べ子どもの数が約10分の1に減少した。稲作の存続のみならず、暮らしの土台が浸食され、地域で暮らせなくなるのではないかとの切迫した不安がある。この危機感から今年の3月の「百姓一揆」で「ムラなくして米なし」というプラカードを掲げて行進した。

舘野廣幸 「百姓一揆」は物騒なことだと誤解されがちだが、領主の収奪や役人の不正に対して農民が行う非暴力運動が「百姓一揆」だ。江戸時代には農家の側にパワーがあったため、頻繁に百姓一揆が起こっていた。これに対して、都市消費者が米価の高騰に対して行う抗議、民衆運動が「米騒動」で両者は異なる。米騒動はテレビでも全国的に取り上げられていたが、百姓の一揆は一部の人がちょっと起こした程度ということで、ほとんど農家の側の声が取り上げらなかったことは残念である。

 なお、大正7年の米騒動は「富山の女一揆」と言われるように女性が中心となって起こした。当時のサラリーマンの初任給から試算すると、小売で1,000円/㎏、消費者価格が2,000円/㎏していた。そのコメが、3倍以上に高騰し6,000円/㎏となった。5㎏では3万円。すなわち、現在よりもコメの価格は昔の方がはるかに高かった。

予想されていたが何ら手を打たれなかった農業崩壊対策

天明伸浩 この30年の新自由主義政策のため、廉価な農産物が無秩序に輸入され続けた。一時は2万5,000円もしていた米価が1万2,000円となり、それ以外の農産物でも低価格が進んだ。人口構成からすれば農業が崩壊することは40年前からわかっていたが、有効な政策はほとんど打たなかった。農業を守る対策がほとんど打たずにきて、こうした状況となったのは半分意図的に政策的にも進められたのではないか。

Hiroyuki-Tateno.jpg舘野廣幸 大正の米騒動は第一次大戦もあってシベリアに出兵等、海外侵略を日本が開始したこともあって物価が高騰している中で、コメが特に高騰したことに端を発する。そして、コメ価格が高騰しても、当時は、小作農民が多く、小作料を下げさせられたりして、農民は疲弊した。結果として、満州とか侵略的な開拓に追いやられていった。コメ価格が不安定化し、コメが安定的に手に入らない時代になると、海外に向かって侵略的な経済的・軍事的な侵略を起しかねない。非常に危険な社会の入り口になる可能性がある。

天明伸浩 農業の大規模化に対する補助金や支援はあっても、現状を維持しながら地域を守ることに対する支援はない。だから、大きな利益をあげる大規模農家と小規模家族農家との経済ギャップが広がっている。都市部でも価格高騰でコメを買えない人がいる一方で、億ションに住む人たちも結構いて、格差が進んでいる。この社会の中で高まる不満のはけ口が、ヘイトである。戦前にも日本人ファーストとして、満州国が作られ、朝鮮半島や台湾の植民地化がされたが、こうしたカタチは最悪である。

グローバル化と米国の日本農政への介入をめぐって

Setsuko-Yasuda.jpg安田節子 米農家はこの20年で半分以下に激減して100万戸も廃業している。コムギの大量輸入によるパンや麺等のコムギ食が国民の食生活に根付く一方で、コメの消費が減り続け、コメ余りによる米価下落を防ぐため、いまも減反で生産量は毎年10万トンずつ減少している。米国が主導した自由貿易協定によるミニアムアクセス米による輸入も国内農業を疲弊させた要因のひとつである。そして、今回のコメの価格高騰が輸入米を増大させている。安い輸入米が増えればさらに農家の稲作離れと水田の改廃化が進む。米国農務省の長期見通しでは、10年後には世界では輸入量に対して2,000万トンもコメの輸出量が足りなくなると予想している。日本がコメを輸入したくてもできなくなって飢餓の発生が起こりうる。輸入米依存をこのまま放置していいのだろうか。

 現在の100万トンの備蓄は消費量の1.5カ月分しかないが、買い上げ他にかかる費用は年間500億円なことから、これを10倍にしても、年5,000億円で、軍事費予算が年7兆円以上であることからすればわずかなものである。国民にとって本当の安全保障は軍事よりも食料安全保障である。十分な備蓄をして、さらにフードバンクとか子ども食堂を通じたコメ支援を行い、海外への食料援助を行えば、目いっぱいに生産してもコメ余りの心配はない。

 ところが、財務省は農水省の人員と予算を削減して、農水省の弱体化を進めているうえ、備蓄米削減も要求している。2027年産以降、水田と飼料の維持のため、飼料生産に助成がなされていたが、それをはずして、青刈りトウモロコシの畑作生産支援に切り替えることにした。財務省は、水田を潰せば、田圃を維持する予算が節約でき、足りなければ輸入すればよいと考えている。

 日米合意文書で設置された「規制改革推進会議」は、アメリカの直接要求の窓口で、ここが種子法の廃止や農協組織弱体化の農協改正法を提起して実現させた。さまざまな手口で日本の農業潰しが進んでいる。藤原辰史さんの講演の最後にあったソクラテスの言葉、「食料問題に無知なものは政治家になる資格はない」に同感する。

 すなわち、現在の米不足と価格高騰は、米国の食の支配という外交戦略に追従する対米従属農政と財界に忖度する財務省が意図的に招いた農業衰退が顕在化したものである。日本はアメリカが振るう「食権力」の対象としてその餌食にされている。米国からの穀物大量輸入を国是とする農政では食料自給率をあげることはできない。

Michio-Uozumi.jpg魚住道郎 日本では、穀物メジャーやアメリカの食料戦略に対して、「自動車産業を保護するために農業を犠牲にするのはやむを得ない。苦しくなれば輸入すればいいだろう」という非常に安直な発想の下で、財務省、農水省、政治家は異を唱えることなく、国際分業を進め、食料基盤を失ってきた。その中で、米価が下がり、農山村部では生活ができないことから、先祖から継承されてきた農地を耕作放棄せざるをえない状況になっている。

慣行農業は商品を作っているが有機農家は商品化できない命を育てている

舘野廣幸 大田市場のような生鮮市場はまだオープンでいいが、穀物の値段は世界の穀物メジャーが闇の中で決めている。農民が自分が生産した農産物に自分で値段を付けられないことが、米価が不安定化し、農業が衰退している要因である。農産物直売所は自分で価格を決定でき、新鮮な農産物を少量出荷できるが、消費者の顔が見えず誰が買うかわからないことが欠点である。

 生協やスーパーの契約栽培では、生産者の顔写真を付けた販売がなされているが、写真では生産者がどういう想いで作っているのかが伝わらない。有機農業が目指しているのは、顔よりも心が見える関係性である。慣行栽培では、農産物を売りモノ、商品として考えるが、有機農家は、単なる農産物を作っているのではなく、いのちとして農産物を栽培している。有機米も慣行栽培米もごっちゃにした議論がされているが、農産物に対する基本的な考え方の違いをはっきりさせておかなければいけない。

 すべての価値をお金で評価する現代社会の中で、コメも商品としてしか考えられず、「農業は儲からない」からとの理由で、農業の価値が低い状態にされていることが、まっとうな価格決定ができない社会になってしまっていることが一番問題である。

農産物の価値に環境保全が評価されていないことが問題

 一般の市場も、産直や契約でも、農民は価格決定権がないが、有機農家の提携は消費者と合意の上で双方向で価格を決めているため、自分で値段を付けて売ることができる。生産者も消費者も顔よりも心が知りたいが、提携は一方通行ではない。それが提携の本質である。

 いま、一般の慣行栽培米も5,000円近く、有機栽培米よりも高い。5㎏が4,000円でも、お茶碗1杯は50円だが、コメの値段には経費と原価、資材費だけではなく、コメを作りながら守られている自然環境の費用を入れるべきである。いまのコメ騒動も食料としてのコメで見ているが、食料以外にも環境的な水田の価値が重要である。自然環境の維持経費がコメの価格に組み込まれれば、環境を維持することへの農民の意欲もでるし、義務感も生じる。コメの値段は、数字以上にその農産物の持っている価値で見なければいけない。

安田節子 コメを増産し、水田を守り、農産物価格ではなく、生産費を基準とした直接支払い、直接補償をすることで農業を再生産が可能にする必要がある。

K.N  館野さんのお話では、消費者の起こす価格に対する不満である「米騒動」は語るのに、農民の米価低迷による「百姓一揆」は捨象してしまうナラティヴの偏りに納得しました。米価は長年低迷してきたのに、いざ少し価格が上がった(戻った)時には騒ぎ立てる。農家の惨状をなかったことにしかねないあるまじき報道の偏りで、多くの人の考え方をゆがめるでしょう。有機米と慣行栽培米を一緒くたにして考える市場原理でも、食をいのちとしてみる価値観もそがれていくのだと思いました。

K.H 米の先物市場の存在も気になっています。日本人の食糧がマネーゲームの餌食になっていくのではないかと心配しております。今回の米価の急騰の一因になっていないのでしょうか。そして、来年以降の暴落の引き金にならないのでしょうか(それを目的としている勢力が暗躍していないか)。経済の話は私にはちんぷんかんぷんですが、もし、詳しい方がいらっしゃればお考えを聞かせて欲しいです。

水田の乾田直播をめぐって―DXで農民が主体となるか部品となるかの分かれ目に

安田節子 「水田を減らせ」という圧力は、世界経済フォーラムのダボス会議から出ている。例えば、この7月のダボス会議でバイエルのCEOは、水田稲作は温室効果ガスのメタンの発生源として水田を問題視した。しかし、化学肥料を過剰施肥すると土壌中の微生物の働きで亜酸化窒素が発生する。メタンの温室効果は二酸化炭素の25倍であるのに対して、亜酸化窒素は298倍である。メタン以上に亜酸化窒素の発生を抑制することが重要だが、それにはまったくふれられない。ダボス会議とは、ヘンリー・キッシンジャーの指示によって、クラウス・シュワンが創設したグローバル企業の意志を政治的に体現させる場だからである。乾田直播はバイエルやBSFが先導してきた技術で、水田を畑地化すれば、彼らが販売する除草剤、農薬、バイテク種子等の資材、AI、大型機械等が必要になる。

 2023年から持続可能な農業に関する日米対話が始まり、2024年の第1回の会合では水田からのメタン発生を減らすために中干しを延長して、ゲノム編集食品の開発情報の提供などが議題になっている。これは、アメリカによる日本農政への介入だが、自動車や工業製品を輸出する代わりに食料輸入を求めてきた財界や財務省の意向と日本の自給を支えるコメの生産を減らし、アメリカの食料に完全依存するようにさせたいアメリカの外交戦略とバイエルら超国家企業の戦略が重なった。そこで、農水省はメタン削減を掲げて乾田直播で節水型を推進している。そこには、先端技術を駆使したスマート農業で企業型農業を行いたい意図がある。結果として、現在、生産の8割方を担っている小規模家族農家は追いやられていく。

天明伸浩 危機に便乗する資本主義をショック・ドクトリンと呼ぶが、食の安全の土台が崩れている危機に乗じて、コメづくりの現場に技術主義の改革がいま急激に浸透している。大変に脚光を浴びている乾田直播を突破口に遺伝子組み換え技術を利用した低コスト、大規模な稲作が進んでいく。戦後には、耕運機、田植え機、バインダーコンバインと機械化が進む中で農作業は楽になったが、農民が受け取る利益は減り、機械代とか肥料・農薬代とかで支払うコストが増え、農民が持っていた資本がどんどん大企業に吸収されたが、それが農業の近代化であった。きちんとした技術を持つ農民はこうしたデジタル技術を便利なものだとして歓迎しているが、デジタル技術が一般化していくと、知らず知らずのうちに情報に頼るようなことになってゆき、農業の主役が人からデジタル情報に置き変わっていく。新技術でDX(デジタル・トランスフォーメーション)化が進むと、農民の最後の砦であった技術の部分すらも企業に吸収・集積され、農民は自分の力で考えることを失い、農民は生産のための部品にされる。

 国が推進する「みどり戦略」は有機農業であっても規模拡大を目指すことから、近代化農業と親和性が高い。こうした農業近代化に抗う運動が有機農業運動だった。大型機械で大規模化するのではなく、身の丈にあって自然とともにやっていくのが有機農業の基本だ。デジタル化に飲み込まれて、自然と向き合うことがなくなっていくのか。それとも、「農業の主役は農民だ」として、農業や自然にどう向き合っていくのかの大きな分かれ道にきている。

AI農業や節水型乾田直播は国土を破壊し有機農業を危機に追いやる

舘野廣幸 この暑い中で、死ぬ思いで命がけで農業をしているのは、それが「労働」ではなく、生き方としての「仕事」だからである。「みどり戦略」でのスマート農業では、人間が野外で働かなくても無人の機械操作でできるようになるとされているが、私は、農業を少しなめているんじゃないかなと思う。最近では、有機農業でも生産性や省力化が重視されている。同じ場所で何千年にもわたって連作障害がなく、かつ、低投入で肥料分もほとんどいらずに作ることができるという奇跡的な作物が稲である。稲作をきちんと守ることがまさに日本の国土を守ることで、乾田直播を進めれば、降雨時の土壌流出や地下水枯渇といった様々な問題が起こり日本は砂漠化していく。節水型乾田直播が今後は推進されるだろうが、これは明らかに滅びの道を加速化するだけだと思う。

K.N 農民の最後の砦である「技術」が企業に掌握され、農民が部品化されていくという天明さんの指摘に納得しました。農業の効率化がこれからの農業だと喧伝する人たちがいますが、それは自然に向き合うことを阻害し、農業の真なる意味を蹂躙してしまうということにつながりかねないと考えさせられました。効率化がもたらす物事の真意の損失を考慮に入れ、農水省は省力化一辺倒の考え方をやめさせるべきだと思います。

T.T 乾田直播の除草剤の散布量、回数は目に余るものがありますが、そのことをもっと知ってもらわなければいけないような気がしています。

M.A  私は除草剤や化学肥料、農薬不使用の節水型ではない乾田直播稲作を20年以上実践しています。技術的には機械除草、合鴨、ジャンボタニシなどを組み合わせて雑草対策を行っています。

S.K 水田による水保全を無視した農水省の政策乾田直播きの急推進は怖いのがよくわかりました。農薬・除草剤・肥料の問題も大きいですが、水不足の不安が重大です。

K.M  報告です。私たちの山間ではすでに技術を失い、ほぼ100%の農家が、言われた量の化学肥料、農薬で稲作をしています。窒素をどれだけ入れているかもわかっていません。すでに農業技術は肥料会社、農薬会社のものとも言えます。そうなって数十年たち80歳以下はそのような農業知識で営んでいるのが現実です。新潟はまだかもしれませんが、私たちのところがすでにそうなって久しい。そのような今、どうすべきなのか考えなくてはと思っています。

舘野廣幸 乾田直播の問題点は、農薬多用と水問題以外にも農地の二毛作などの農地利用の問題もあります!

魚住道郎 水田の乾田化では、グリホサートを始め大量の除草剤を導入せざるをえない。異常気象の中で、森や平野部に降った雨をどれだけ地上部と地下水に保全するかの水田のダム機能が重要である。日本は地形が急峻で平野部が少ないこことから、祖先は雨水をすぐに海に流出させず、溜池を作ったり湿田を維持する中で、井戸水を確保していのちをつないできた歴史がある。水田稲作は、穀類確保と水保全の二点で、アジアで暮らす百姓と都市住民のいのちを巧みに養い支えてきた農耕文化であると思う。

暑さよりも怖い寒冷化―気候変動で食料生産が安定しなかったのが人類史

天明伸浩 気候変動と燃料・肥料費の高騰で世界的にも農業生産が不安定化し、それがロシアのウクライナ侵攻を含めて、世界中の政情不安にもつながっている。3世紀、14世紀、17世紀には、世界的に寒冷化によって農産物が不足し、色々な帝国が崩壊した。日本でも平安末期や天明の大飢饉のように寒冷化は政治や世の中を不安化させる。

 平成のコメ不足、1993年のコメ不足は、フィリピンのピナツボ火山の噴火による冷夏である。いまは、温暖化の進行から多くの人が意識していないが、地球は本当に不安定で、どこかで大きな火山が噴火すれば一気に冷夏になる。

 長期的な地球の気候変動では現在は寒冷化に向かっているが、福井県にある湖の堆積物の研究から、水田農業を始めたことで寒冷化が少し緩和されたことが判明している。中川毅『人類と気候の10万年史』(2017)講談社ブルーバックスによれば、本来の気候はアップダウンが激しい。ここ数千年はほんとうに恵まれた時期だった。昔から「日照りに不作なし」と言われるように、高温は不作はさほどない。冷夏のリスクが大きいことから、工業化一辺倒ではなくて、色々な場所で多様な農業を残していくことがリスクを回避する上で重要である。

高温耐性の品種改良よりもイネに眠る遺伝子の方が大事では~自然の摂理に沿った有機農業技術に期待

舘野廣幸 高温を乗り切るために、イネや野菜では高温耐性品種に人気が集まっているが、私はほとんどあてにならないと考える。ゲノム編集や遺伝子組換え技術を用いて、場当たり的に高温耐性品種を作り出すよりも、作物の中にはかつて氷河期を乗り越えた低温耐性があり、イネが低温に対する抵抗性を目覚めさせることはかなり昔からわかっている。

 コシヒカリは古い品種で、最初の高温時にはかなりひどい被害があったが、今年も異常な高温だったが、意外に実りがあった。原因は科学的にはわからないが、過去の高温を乗り越えた高温耐性がおそらくあり、イネ自身が高温に対する抵抗性を目覚めさせたためだと考える。

 昨年は、イネカメムシの被害でコメの収量が半減した。イネカメムシは大型で、それを捕食する天敵はいないとされている。このため、農業試験場は「イネカメムシの防除は農薬以外にはない」と指導しているため、周辺農家は農薬の散布量を増やしているようだが、私は天敵が現われることを期待して無農薬を続けたところ、ムシヒキアブが7月に増えイネカメムシを捕食していた。ある種の生物がたくさんが増えるとそれに対するバランスを取るのが自然の働きである。

 有機水田は多様ないきものたちの楽園であることから、単なる食べ物にとどまらない農業の幅広い価値を認め、消費者と共有することが大事である。

気候変動が深刻化する中、同じ短粒米を食べる隣国との連帯を

天明伸浩 気候変動の時代では国内だけで食料安全保障を担保することが困難なことから、防衛力で自分の国を守るのではなく、同じ短流米を食する韓国、中国、台湾と農業を尊重した交流をやって、有事の場合には互いが食料を支援しあえるフラットな連帯関係を築くことが必要である。クマがでたりイノシシがでたりして、地域で暮らすこと自体がすごく困難となってきている。このため、いま日本人は農村での暮らしを諦め、都市に流出し、農村は人口減少で衰退する局面になっている。そういう状況の中で、どういう社会、共生したような社会を作ることが出来るのか。

 水不足や寒さで何も作れない場所が多くある中、これだけ緑が豊かで少し草を刈ってもすぐに植物が育つ日本は、世界的にみれば恵まれた場所で、こんな面白くいい場所はないことから、こういう場所に暮らしたい人がいるはずである。

 縄文人が暮らしていたかつての日本列島に弥生人が新たな農業を持ち込んで互いが共存していったように、これまでの2,000年も続いてきた稲作文化が大きな曲がり角に来ていることから、日本に魅力に感じ、日本で楽しいと思った人々とともに新たな農村を作るタイミングではないか。

 農業は1年、2年で結果がでるものではなくて、10年、20年、100年先をにらんで農地を作っていかなければならないため、本来ならば、同じ人たちがずっと作り続ければ一番安定した状態になる。しかし、それが現実的には難しいときには、いままでの固定概念で同じ人たちが同じ村を作っていくのではなく、そこが好きと言う人たちが新しいカタチを作っていく時代であろう。

地域崩壊の中で新しい村づくりを

天明伸浩 この1年、2年の米騒動は凄い。これまで考えていなかった状況が生まれてきている。そして、日本の国力の低下で急速な円安という以前では考え難い状況も現われてきている。

魚住道郎 日本は食料生産だけでなく、国内の工業基盤も東南アジアや外地に生産拠点を移し、技術力も海外移転したことから、国力そのものの空洞化も進んだ。農村から都市部に流出した労働者も正社員にもなれない非正規雇用される状態で、そこに、コメの高騰が重なって、生活に苦しんでいる。

 ここでいかに生産現場に立てる人間を養成していくかということが鍵である。足立区や世田谷区にある都市農業公園は、都市住民に農業をよく理解してもらえる施設であることから、有機農業公園の設立を全国展開したらどうか。工業でボロボロになった肉体と精神を農地で解放し癒す意味で、自然に還り、農村部にどんどん入る運動を広げるべきである。

安田節子 水田の有機化を国家ビジョンに掲げて農薬大国を返上。私たちはもっとお米を食べて、コメを主食とする伝統的食卓を次世代に継承していかねばならない。

【画像】
藤原辰史教授の画像はこのサイトより 
天明伸浩さんの画像はこのサイトより 
舘野廣幸さんの画像はこのサイトより
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2025年10月14日

「日本有機農業研究会シンポジウム ―「令和の米騒動」と「百姓一揆」を根本から考えよう 意見交流

司会 食政策センター・ビジョン21代表 安田節子 アメリカとの関係からコメ問題について少し述べさせたい。米農家はこの20年で半分以下に激減して100万戸も廃業しています。日本はアメリカが振るう「食権力」の対象でその餌食になっていると思わされるんですね。

 このたびの米不足、価格高騰は日本の農業衰退が顕在化したと思えます。コムギの大量輸入によるパンや麺等のコムギ食が国民の食生活に根付いて、その一方、コメの消費が減り続けています。コメが余って米価が下落するのを防ぐためとして減反が続けられ、今日まで実質的に減反は続いてきました。減反で生産量は毎年10万トンずつ減少しています。

 それから、アメリカが主導した自由貿易協定によるミニアムアクセス米による輸入が国内農業を疲弊させた要因のひとつです。加えてこのたびのコメ不足と価格高騰が輸入米を増大させています。安い輸入米が増えれば農家の稲作離れ、水田のかいはいが進みます。輸入米依存をこのまま放置していいのでしょうか。

 アメリカ農務省の長期見通しというのが発表されていまして、10年後の世界のコメは輸入量に対して2,000万トンも輸出量が足りなくなると予想されています。10年後ですよ。日本がコメを輸入したくてもできなくなって飢餓の発生が起こりうるのです。水田を守り、増産をして、十分な備蓄が必須だと思います。

 現在、100万トンの備蓄は消費量の1.5カ月分しかありません。少なすぎます。700万トンないしは1,000万トンの備蓄が必要です。備蓄米100万トンの買い上げや他にかかる費用は年間500億円だそうです。政府備蓄を10倍の1,000万トンにした場合、年5,000億円です。軍事費予算が年7兆円以上であることからすればわずかなものです。

 国民にとって本当の安全保障は軍事よりも食料安全保障です。それに加えて、十分な備蓄をして、さらにフードバンクとか子ども食堂を通じたコメ支援を行って、海外への食料援助を行えば、目いっぱいに生産してもコメ余りの心配はないと思います。

 それから、財務省。財務省は農水省の人員と予算を削減して、農水省の弱体化を進めています。備蓄米削減も要求しています。ひどいですね。そして、2027年産以降は、水田の維持と飼料の維持ということもあって、飼料の生産に助成をしていたのですけれども、それをはずして、青刈りトウモロコシの畑作生産支援に切り替えることにしました。水田を潰せば、田圃を維持する予算が節約でき、足りなければ輸入すればよいという考えなのです。大企業中心の財界は財務官僚の天下り先で、財界に忖度した市場原理主義の農政を進めているわけです。アメリカからの穀物大量輸入を国是とし、そのためには食料自給率をあげることができていないですね。自動車や工業製品を輸出する代わりに、食料輸入を求めてきた財界や財務省の意向の結果が、今日の農業衰退なのだと私は思います。

 2023年に持続可能な農業に関する日米対話というのが始まりました。アメリカによる日本農政への介入ですね。2024年の第1回の会合では水田のメタン発生を減らすために中干しを延長して、ゲノム編集食品の開発情報の提供などが議題になっています。水田を減らせという圧力があるんですね。水田を減らせは、世界経済フォーラムのダボス会議から出ています。ダボス会議というのは、創設者のクラウス・シュワンというのが、キッシンジャーの指示して、グローバリストしての思想をダボス会議に集めた、世界のグローバル企業の代表や政治指導者に体現させる場なのです。

 この7月のダボス会議でバイエルのCEOは、水田稲作は温室効果ガスのメタンの発生源として水田を問題視しました。私が思うに、世界人口の半分はコメを主食にしています。その中心はアジアです。連作できるコメによって人口が増え続けています。ダボス会議では人口増加を問題にしていますし、また、バイエルからの戦略はですね、おそらく、水田を畑地化すれば、広大な畑地が生まれます。畑ができます。そこに彼らのバイテク種子やAI等、先端技術を駆使したスマート農業で企業農業を行いたいというものではないかと思います。

 日本の自給を支えるコメの生産を減じて少なくして、アメリカの食料に完全依存するようにさせたいアメリカの外交戦略。そして、バイエルら超国家企業の戦略が重なっているように見えます。

 現在、農水省はメタン削減を掲げて乾田直播で節水型を推進しています。乾田直播はバイエルやBSFが先導してきた技術で彼らが販売する除草剤、農薬等の資材、そして、AI、大型機械が必要になります。現在、生産の8割方を担っている小規模家族農家は追いやられていきます。温室効果はCO2比べてメタンは25倍だといわれていますが、亜酸化窒素は298倍なんですね。そして、化学肥料の窒素が土壌中の微生物によって亜酸化窒素が発生します。水田からのメタンなんかよりも化学肥料の過剰施肥を由来とする亜酸化窒素の発生抑制こそが本命のはずではないでしょうか。しかし、それにはまったく触れない。メタンだけを問題視するのは、まさにご都合主義だと思います。

 それから、もうひとつ。いま、アメリカが先導して始まったTPP協定ですけれども、日米合意文書で設置された規制改革推進会議と言うのがあります。これはアメリカの直接要求の窓口であって、種子法廃止とか農協組織弱体化の農協改正法を提起して実現させました。さまざまな手口で日本の農業潰しが進んでいます。この度のコメ不足は、アメリカの食の支配という外交戦略に追従する対米従属農政と財界に忖度する財務省が意図的に招いた農業衰退によるものではないかと思います。アメリカからの穀物大量輸入を国是とする農政では食料自給率をあげることはできないわけです。そして、自動車や工業製品を輸出する代わりに食料輸入を求めてきた財界や財務省が農業衰退を招いたのだと私は思っています。藤原さんの講演の最後にありましたソクラテスの言葉、「食料問題に無知なものは政治家になる資格はない」。これに私は同感いたします。コメを増産し、水田を守り、農家に農産物価格ではなく、生産費を基準とした直接支払い、直接補償をすることによって、再生産が可能になるようにすることです。水田の有機化を国家ビジョンに掲げて農薬大国を返上することです。私たちはもっとお米を食べて、コメを主食とする伝統的食卓を次世代に継承していかねばと思っています。以上です。それでは、意見交換をしたい。

H.H 農家の減少だけではありません。地方の人口減少も、クマなどの野生動物の増加も、識者には以前からわかっていましたが、マスコミも政府も不都合な真実を真正面から伝えてきませんでした。だから、コメが高い安いに偏った報道になったり、クマが市街地に出た怖い、といった報道が目立ちます。

R.J  農村の少子化は何が原因ですか。収入がないからだけでないようですが、結婚しない若者が農村にも多いようですが。

H.H 江戸時代中期、日本の人口扶養力は世界の4倍弱もありました。理由は、日本の降水量は世界平均の倍もあり、農家の努力で農業技術が発達し、食文化(和食)も発達したから。さらに、農村は農家による自治が行われ、努力すれば報われたことがありました。平和が長続き、農業や食文化の発達に注力できたことも大きいです。

T.I 熊の出没は、山のドングリなど食料問題もあるとは思いますが、太陽光発電や風力発電などの影響もあるのではないですか?

H.H T.Iさん、クマの専門家、兵庫県立大学の横山教授が、東日本で連日のようにクマが出没してニュースになるのは、

・クマ個体数が増加して、勢力圏も拡大していること

・人に慣れた個体も増えていること

・今年はどんぐりが凶作であること の三つが関係しているとまとめています。以下のリンク動画、参考にしてください。


K.N 大学生です。拙い意見を失礼いたします。貴重なお話をありがとうございました。藤原さんのお話は、食権力の「砂時計」の考え方に納得しました。食料はなぜ足りないのかという議論は私の通う大学でもありますが、その議論の帰結は必ず「食品ロス問題」に矮小化され、食べ残ししないようにしよう、という具合です。しかし本当に見るべきは穀物メジャーによる意図的な食料配分の操作であるのに、そこが捨象されることに強い疑問を感じています。その議論に対していみじくも言いえた、というお話で、大変聴き応えがありました。

 天明さんのお話では、農民の最後の砦である「技術」が企業に掌握され、農民が部品化されていくという指摘に納得しました。農業の効率化がこれからの農業だと喧伝する人たちがいますが、それは自然に向き合うことを阻害し、農業の真なる意味を蹂躙してしまうということにつながりかねないと考えさせられました。効率化がもたらす物事の真意の損失を考慮に入れ、農水省は省力化一辺倒の考え方をやめさせるべきだと思います。

 館野さんのお話では、消費者の起こす価格に対する不満である「米騒動」は語るのに、農民の米価低迷による「百姓一揆」は捨象してしまうナラティヴの偏りに納得しました。米価は長年低迷してきたのに、いざ少し価格が上がった(戻った)時には騒ぎ立てる。農家の惨状をなかったことにしかねないあるまじき報道の偏りで、多くの人の考え方をゆがめるでしょう。有機米と慣行栽培米を一緒くたにして考える市場原理でも、食をいのちとしてみる価値観もそがれていくのだと思いました。

K.M  報告です。私たちの山間ではすでに技術を失い、ほぼ100%の農家が、言われた量の化学肥料、農薬で稲作をしています。窒素をどれだけ入れているかもわかっていません。すでに農業技術は肥料会社、農薬会社のものとも言えます。そうなって数十年たち80歳以下はそのような農業知識で営んでいるのが現実です。新潟はまだかもしれませんが、私たちのところがすでにそうなって久しい。そのような今、どうすべきなのか考えなくてはと思っています。

K.H 米の先物市場の存在も気になっています。日本人の食糧がマネーゲームの餌食になっていくのではないかと心配しております。今回の米価の急騰の一因になっていないのでしょうか。そして、来年以降の暴落の引き金にならないのでしょうか(それを目的としている勢力が暗躍していないか)。経済の話は私にはちんぷんかんぷんですが、もし、詳しい方がいらっしゃればお考えを聞かせて欲しいです。

T.T   乾田直播の除草剤の散布量、回数は目に余るものがありますが、そのことをもっと知ってもらわなければいけないような気がしています。

M.A  私は除草剤や化学肥料、農薬不使用の節水型ではない乾田直播稲作を20年以上実践しています。技術的には機械除草、合鴨、ジャンボタニシなどを組み合わせて雑草対策を行っています。

S.K 水田による水保全を無視した農水省の政策乾田直播きの急推進は怖いのがよくわかりました。農薬・除草剤・肥料の問題も大きいですが、水不足の不安が重大です。

H.H 自分の住む東北地方ではツキノワグマが増加率20%で増えている可能性が、専門家の先生(兵庫県立大学の横山教授)によって指摘されています。4千頭いるとすると、たった1年で800頭です。これでは、近い将来、安全な営農も安全な日常生活もできなくなりますよ。なお、出典は「「日本は全世界でも緊迫した状況」クマ被害相次ぐ背景に“2つの不足”【サタデーステーション】(2025年10月11日) 」18分頃です。

W  貧乏子だくさん。環境が悪化していて生存が危ぶまれている状態だと、母体は危機を感じ、子孫を残そうとする。現代は豊かで幸せであり、子孫を残そうとする必要がない。必要以上に増え続けることは争いのもと。少子化対策は貧乏になるのが手っ取り早い??。作物のタネも同じだと思います。 そこに立っていたくないから、タネ(子孫)を飛ばして他の土地で生存をはかる。

館野廣幸 乾田直播の問題点は、農薬多用と水問題以外にも農地の二毛作などの農地利用の問題もあります!

安田節子 チャットでは熊の出没とかの意見があるが、節水型乾田稲作を農水省が進めているが、それについて魚住さん問題点をご説明いただきたい。

魚住道郎 まあ、畑作ではないにしても、除草剤がどうしても必要になってくる。これは、グリホサートを始め大量の除草剤を導入せざるをえなくなる。それよりも、もうひとつ私が心配しているのは、この異常気象の中で、水田のダム機能、そして、森に降った雨、ないしは平野部に降った雨をどれだけ地上部に保水するか、ないしは、地下水として保全するか。これは飲料水であったり、灌漑水として我々は利用しているわけだから、これをすっと海に流してしまうことは自分たちの命に係わることですから、ここで、やはり伝統的な―非常に平野部が少ない日本の中で急峻な地形ですのですぐに海に水が流れていく中で、先祖が溜池を作ったり湿田を維持したり、水田と言う機能の中で、浅井戸から深井戸までの水を確保しながら、自分たちのいのちをつないできた歴史があるので、水田という穀類と水の保全と言う意味で、稲作というのは、アジアに生きる人々の、百姓の、ないしは都市住民のいのちを支えてきた農耕生活、農耕文化であると思う。

 気候と自然の地理的な要素を含めて、我々が巧みにいのちを養ってきた歴史があるので、これがいま、言われている穀物メジャーだとか、アメリカの食料戦略の延長線上で財務省なり農水官僚が、そして、政治家が異を唱えることなく、日本の工業、端的に言えば、自動車産業を保護するために農業を犠牲にするのはやむを得ないと。「苦しくなれば輸入すればいいだろう」という非常に安直な発想の下で国際分業まで、騙されて食料基盤を失ってきた歴史があるので。それともうひとつ、自分たちの食料生産と国内の工業的な基盤も東南アジアや外地に生産拠点を移したことによって、自分たちの技術力も海外移転してしまったと。非常に国力そのものの空洞化も進んでいるような気もします。その中で、農山村部では飯が食えない。米価が下がり、先祖から引き継いできた農地をコツコツ、コツコツと丁寧に耕してきた農地を手ばなさざるを得ない。耕作放棄地にせざるをえない状況になって、担い手になっている次世代は、みな都市部に集中して労働者化し、しかも、労働者化した人々が正社員にもなれず、非正規雇用される状態で、いまの価格高騰にあえいでいる。そこにコメの高騰が重なって、非常に食料品全般が、物価があがり生活で非常に苦しんでいるのが現状だと思う。

 そこで、私は、解決策として、明後日、農水省で会議があって「日有研」も呼ばれているので、私は都市住民と生産者とが出会う場で、いま現在も足立区の都市農業公園、そして、世田谷の桜ケ丘農業公園で、有機農業の畑作、稲作を展開していますけれども、これは都市住民にもよく理解してもらえるような有機農業公園の設立を全国展開したらどうかということを提案しようと思っている。 ここでいかに生産現場に立てる人間を養成していくかということが、若い人を含め、定年退職近くなった人、あるいは、なった人も工業でボロボロになった肉体と精神を農地で解放してですね、精神的にも自然に還るといいますか、のびのびやっていただくという意味で、農村部にどんどん入っていくような運動を広げられたらいいなと思っている。

安田節子 ありがとうございました。チャットもいくつかご意見が出ているんですが、時間の制限でここまでにさせていただきます。

編集後記

 2025年10月14日、日本有機農業研究会の主催により「日本有機農業研究会シンポジウム ―「令和の米騒動」と「百姓一揆」を根本から考えよう」がオンラインで開催された。本稿は、意見交換の部分を取りまとめたものである。あくまでも、オンラインでの聞き取りメモを再整理させていただき、見出しも勝手に付けたものとご理解いただきたい。なお、チャット蘭については貴重な意見が多く寄せられたし、これがなければ、最後の魚住理事長の発言につながらないと思うので、イニシアルにしてメモを転記してみた。なお、「安田さんには、いいたいことがたくさんあるのはわかるけど、司会者が質疑応答時間をほとんど使ってしまい、最悪の進行でした。例えば「日本が農業のない国になりつつある」こと、多くの人が気づいていないでしょう。安田さんがしゃべりたいなら、藤原さんの基調講演なしの方がよかったです」といった意見があったことを申し添えたい。

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米騒動は危険な社会の入口 ― 稲と米をめぐる諸問題

米騒動は報道されるが百姓一揆は話題にはならない

 栃木県で有機稲作の専業農家をしております。33年前から無農薬有機で続けていますので、平成の米騒動も経験しております。今回は令和の米騒動ということが起こっておりますが、私の考えをこれから述べたいと思います。

 今回のタイトルにあります「米騒動と百姓一揆」。これは同じものではなく、基本的に違いますね。コメ騒動は、農民が起こすのではなくて、むしろ、消費者、都市に住む人々が米価の高騰に対して抗議して、買い占めた政府に対する民衆運動ということですし、百姓一揆というのは農民が領主に収奪に対して、あるいは、役人の不正に対して、現在も役人の不正が横行していますが、それに対して行う運動で、これを武力によって行うことではないんですね。なんとなく物騒だと誤解されているように思いますが、言葉の定義で申し上げます。

 ちなみに、今回は、令和の米騒動的なことが起こったわけですが、これに対して、百姓の方も「百姓一揆」ということで行動を起しましたが、米騒動の方はテレビでも全国的に取り上げられていたのに、百姓の一揆の方は一部の人がちょっと起こした程度ということで、ほとんど農家の側の声が取り上げらなかったことは残念です。昔の方が、江戸時代にはもっと百姓一揆が起こった。それだけ農家の側にパワーがあったのだろうなと思っています。

大正7年の米騒動のときは5キロ1万円の米が3万円になった

 ちなみに、米騒動で一番有名な大正の米騒動について調べてみたのですが、とくに、女性が、富山の女一揆と書いてあるんですけれども、女性が中心となって起こした米騒動になります。大正7年ですね。大正時代には戦争があって、シベリアに出兵するという海外侵略を日本が開始したこともあって物価が高騰していくんですね。第一次大戦もあって物価が高騰していたところで、コメが特に高騰したことに端を発しています。ちなみに、どれだけお米が高くなったかというと、1石15円という値段が、米騒動のとき、大正18年には、40円を超えて50円くらいに高騰しています。3倍以上に高騰したんですね。当時の1円は現在の1万円くらいに相当すると私は考えています。5,000円くらいだと、諸説あるのでなんとも言えないのですが、当時のサラリーマンの初任給が15円から20円くらいということなので、現在の価格にすると10万から20万円にすると1円が1万円だと想像できる。そうすると、15円で、1俵が約6万円。現在よりもはるかに高いですが、それが20万円くらいになった。小売での売値言うと、キロ1,000円くらいのお米が、消費者にわたると2,000円くらいになったのが一気に6,000円くらいになった。これではとても買えないというので、コメ騒動が起こるわけですが、そもそも、現在よりもコメの価格は昔の方がはるかに高かった。そんな中で、それが高騰した。

大正の米騒動では価格が高騰しても農民は儲からず満蒙への軍事侵略へ

 ただ、高くなったから農民が儲かったかとうとそうではなくて、逆に当時、小作農民が多かったので、小作農民たちは小作料を下げさせられたりして、結局、海外進出。農民が満州とか侵略的な開拓に追いやられて行ったということになる。ですので、こういうコメの価格が不安定になっている、とりわけ、投機的にコメが安定的に手に入らない時代になると、海外に向かって侵略的な経済的・軍事的な侵略を起しかねないということで、私は非常に危険な社会の入り口になる可能性があるのではないかと思います。

国会は米価格よりも農業のあり方を論ずる場であるべき

 現在の令和の米騒動でコメが高くなったことに対して、国会で色々と取り上げられているが、昨年の秋から毎日のようにスーパーでいくらになっているというような話になっている。農業やコメが国民の話題に載ることそれ自体は、悪い事ではないと思っているんですが、その中身が問題。国会でコメが高いとか、安いとか、おコメをどうしたら安くできるかとか、そういう議論をするのは、国会の場ではないでしょう。

 国会で議論するのは、いま日本の農業がおかれている現状をどうやったら発展させられるか。日本の農業をいかに魅力的、かつ、価値のあるものにするかということを議論するのであればいいのだが、お米の値段が云云かんぬん。そういう問題ではない。

慣行農業は商品を作っているが有機農家は商品化できない命を育てている

 ですので、おコメの適正価格はなんだとかという議論があるかと思いますが、私は適正価格なんていうものはないと思っている。しかしながら、おコメをいくらで買うか。あるいは、我々農民はいくらでおコメを売るかは考えなければならない問題なのだが、農産物の価格は何で決まるのか。その前に、今の米騒動でおコメ、コメと言っているが、私が栽培しているのや無農薬有機栽培米である。有機米も慣行栽培米もごっちゃにした議論がされているが、我々、有機農家は、単なる農産物を作っているのではない。農産物に対する考え方の違いをはっきりさせておかなければいけない。農産物を売り者、商品として考える慣行栽培では、価格が暴落することもあるし、コメ騒動的に高くなることもあると思う。しかし、我々はいのちとして農産物を栽培しているのであるから、基本的に考え方が違う。一般的に有機農産物はなかなか商品として売ると不揃いで高く買われないことがあるのだが、私は不揃いは個性であると言い逃れをしている。

市場も契約も農民は価格を付けられないが提携は消費者と合意の上で価格を決めている

 さて、コメ騒動のような非常に不安定な米価になっている原因、そして、農業が衰退している要因でもあるのだが、そもそも農民は自分が生産した農産物になぜ自分で値段を付けられないのかということである。我々有機農業者は、基本的に自分で値段を付けて売っていると思うのだが、一般的には市場、そして、産直にしろ、契約にしろ、基本的にほとんど自分で値段を付ける権利がない。価格決定権がないんですね。しかし、我々、日有研が提唱しているが提携、私もコメはほとんど提携で消費者に届けているが、それらは、自分で価格を付けていますし、消費者の方も、向こうからの意見も聞いているし、双方向で決定している。市場が勝手に値段を付けるが、例えば、大田市場とかの生鮮市場はまだオープンでいいのだが、穀物は世界の穀物メジャーが闇の中で決めているブラック市場になる。

 農産物直売所は自分での価格決定権がある。例えば、100円として持っていくことができるが、直売所の欠点は、少量で自分の新鮮なものを出せていいのだが、誰が買うかわからないことである。消費者の顔が見えない。生協とか、スーパーとかでも契約栽培で、生産者の顔を付けて販売することが行われているが、生産者の顔は見えるかも知れないが、この写真を撮って販売するのは我々のようなおじいさんにとってはなかなか厳しいものがある。写真の生産者よりも生産物を見て欲しい。また、生産者の写真だけで、どういう想いで作っているのかがどう伝わるのかが一番の疑問かなと思う。我々が目指しているのは、顔よりも心が見える関係である。生産者も消費者も本当は顔よりも心が知りたい。それが、例えば、提携は一方通行ではなくて、生産者と消費者の合体。それが提携の本質だと思う。

 いずれにしろ、おコメの値段は決めなければいけないのだが、例えば、これは現代農業に載っている記事を一覧表にしてみたのだが、例えば、5㎏が4,000円だとしたら、お茶碗1杯は50円である。これを高すぎるとか、安すぎるとか、値段だけで見る。数字だけでみる高い安いという単なる数字の大きさではなく、その農産物の持っている価値で見なければいけないのだと思う。

 一般の慣行栽培も4,000円、5,000円近い米が出来ていて、我々が有機栽培で作っている米よりも高い値段で販売されていて、高くてもいい悪いではなく、我々は自分たちが設定した価格で売りたいと思っているし、そうではないと成り立たない。これは、日有研の土と健康にも載せたが、私が提示している有機米の価格の根拠。ここで、一番、私が言いたいのは、単なるコメの値段は経費と原価、資材費だけではなく、一番下にある自然環境の維持。我々がコメを作りながら環境をいかに守っていくか。その費用を入れるべきだと思っているし、入れるからには、それを環境を維持することを農民も意欲もできる。そして、義務もでると思う。こういう価格の決定ができない社会になってしまっていることが一番問題で、コメを商品としてしか考えていないと言うことですね。これは、現代社会全体のことなのだが、すべてをお金で図る社会は、お金に依存している。農業はお金が儲からないから、それをひとつの理由として単なる数字的なモノで農業の価値が低い状態にされていると。

有機農家は仕事としての労働ではなく生き方として働きを選んでいる

 もうひとつは、いまの社会がAI化する中で、自己中心であると同時に色々な情報が入るのだけれども、その情報は実体の情報ではなく、バーチャルであると。これを私は「のぞき見」と言っているのだが、のぞき見はできるのだけれども、自分はそこに入っていかない。そういう中で、労働と仕事の混同が起きていて、農業は労働が大変だと。確かに、そのとおりで、この暑い中で、死ぬ思いで仕事をしているのだが、それは、労働と考えたらならば、絶対にやらない。その中で、仕事というよく言えば、ひとつの生き方、悪く言えば、趣味。ある程度、自分が楽しいということでやっているわけである。

高温耐性の品種改良よりもイネに眠る遺伝子の方が大事では

 ただ、さすがに自然環境が壊されている現代においては、仕事とはいえ、命がけの仕事になってきている。農作物の方でも高温耐性品種を使えればこの高温を乗り切れるのではないかということで、イネでも野菜でも高温耐性品種を作るとか、それに人気が集まっているようだが、私は、ほとんど無駄というのは変だが、あてにならない。私はそもそも逆に場当たり的な高温耐性品種をいろんな方で、中にはゲノム編集とか遺伝子組換えで作り出すよりは、そもそも作物の中にはかつて氷河期を乗り越えた低温耐性もあれば、その前の高温を乗り越えた高温耐性もおそらくあると思うので、実は、最初の高温のときにはかなりひどい被害があったんですが、だんだんと今年なんかは、特に異常な高温だったんですが、コシヒカリ、古い品種であっても意外に実りがあった。その原因は私は科学的にはわからないが、おそらく、イネ自身も高温に対する抵抗性を目覚めさせたんじゃないかなと思う。低温に対する抵抗性が目覚めることはかなり昔からわかっている。

AI農業や節水型乾田直播は国土を破壊し有機農業を危機に追いやる

 それから、いろんな害虫が発生したり、異常な生物が時として多発することもある。稲カメムシとか。そのような中で、有機農業がとくに危機的な状況にある。自然環境の破壊は工業社会と農薬・化学肥料の慣行的な農業によって壊された自然なので、それが、有機農業に対して非常にダメージを与えていると。中でも、「みどり戦略」でスマート農業をやれば、人間が外に出て仕事をしなくてもできるという無人の機械機械をやったりとか。そもそもスマート農業という言葉は、農業の現場でまともに働くこととを、私は、農業を少しなめているんじゃないかなと思う。また、最近、有機農業においても生産性が大事だとか省力化することが大事だとか言って、中には、慣行栽培だが、節水型乾田直播がたぶん、今後、でてくるでしょう。しかし、これは明らかに滅びの道を加速化するだけだと思う。

 おコメと稲作に対する価値をいまもコメ騒動もそうなのだが、食料としてのコメで見ている。食料以外にも環境的な水田の価値というのはすごく重要で、植物的、土壌的と色々と書いたが、同じ場所で何千年にもわたって連作障害がなく、かつ、低投入で肥料分もほとんどいらずに作ることができると。非常に奇跡的な作物が稲なわけで、その基本的な稲作をきちんと守ることが日本のまさに国土を守ることなんです。もし、日本で乾田直播みたいなことになれば、雨が降ればあっという間に土壌流出が起こったり、地下水がなくなったりとか、様々な問題が起こって砂漠化していくだろうと思う。

水田イネカメムシを食べるムシヒキアブへの期待

 最後に、いま、私の水田では特に昨年、カメムシに食べられてコメの収量が半分になってしまって、本当に消費者に届けられず、申し訳なかったのだが、このカメムシを防ぐにはどうしたらいいかというと、農薬以外にはないということで、試験場でも情報でもそのようなことしか入ってこないのだが、私は農薬はまったく使う気がないので、ただ、周辺の農家は農薬を増やしているらしい。しかし、私は必ず天敵が現われるのではないかと心から期待して何もしなかったのだが、そうしたら、ちゃんと、ここにいるムシヒキアブというアブが7月の夏の間、水田の上をたくさん飛んでいて、そのアブがまさにイネカメムシを捕まえていた。大型のイネカメムシを食べる虫はいないのではないかと言われているぐらいなのだが、それを捕まえているところを証拠写真に撮りました。また、株元ではカエルも食べているだろうし、クモも捕まえているだろうと思う。ある種の生物がたくさんが増えるとそれに対するバランスを取るのが自然の働きだと思うので、それが実践されてきたのかなと思っている。有機水田は多様ないきものたちの楽園である。そのような中で農業の価値を単なる食べ物だけではなく、広い価値として認めていただいて、さらにその価値を共有できる、消費者との共有が大事で、共有できる消費者とともに、農産物の価格、価値を共有していきたいと思っている。

編集後記

 2025年10月14日、日本有機農業研究会の主催により「日本有機農業研究会シンポジウム ―「令和の米騒動」と「百姓一揆」を根本から考えよう」がオンラインで開催された。本稿は、有機農家の現場から②「米騒動は危険な社会の入口―稲と米をめぐる諸問題」と題して、栃木県野木町NPO民間稲作研究所理事長、舘野かえる農場の舘野廣幸さんの講演内容を取りまとめたものである。あくまでも、オンラインでの聞き取りメモを再整理させていただき、見出しも勝手に付けたものとご理解いただきたい。

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米は命、村なくして米なし―競争から共生の米政策へ

中山間地ではあと5年、平野部でも10年で集落が瓦解する

 新潟の上越市の山の中でコメを作っている天明といいます。このところ、この1年、2年の米騒動は凄いなと思っている。これまで考えていなかった状況が生まれてきたなと思っている。この3月の百姓一揆のときには「ムラなくして米なし」というプラカードを掲げて行進した。その後、新潟でも6月の中旬に長岡でも百姓一揆をやった。単に米づくりが続けられないというだけではなく、地域に住んでいると自分たちの地域の人口減少がものすごく進んでいて農業だけではなく、暮らし全体、そこで暮らすことの土台が浸食し始めている感覚を持っている。農業の中心的な担い手は山間部では戦中生まれ、80歳代、平野部でも団塊の世代、70歳代、後半の人が農業を担っている。やはり、80歳代になっている中山間地の人口や農業の崩壊はこの5年で急激に進むと思っている。

予想できた未来に意図的に政策が打たれずに来た

 平野部でも10年間で大変なことになるなということは皆薄々わかっている。これは急激に起きたことではなく、40年前くらいから「こういうことが起こるだろうな」ということはほとんどわかっていた。人口構成をみればわかる。地域の暮らしの土台が捨てられていくことが40年前からわかっていたのだが、それに対する有効な政策がほとんど打たれないできた。

 農民が急激に減っていく状況があり、若い人たちいない状況の中で、どうなっていくのか。みな大きな不安を抱えている。どんな対策が打たれなかったのか。その状況を見ると、例えば、コメの低価格化がこの30年でとくに進んだ。一時には2万4,000~5,000円であったものが1万2,000~3,000円になって、多くの農産物も価格があがらずに、どの農家もすごく大変な時代をこの30年間はすごしてきたのだと思う。また、この30年間は新自由主義が本当に広がった時代で、安い農産物が無秩序に入って来て、その農産物と農民はずっと戦わされてきたのだろうなという気がしている。ただ、ここに来て、円が急速に円安になってみたり、日本の国力の低下によって、逆に日本の農産物が他から見ると安くなってきているという信じがたい状況が現われているのかなと思っている。

 こういう状況というのは、政策的にも奨められてきたことを感じるので、半分意図的なものもあったのかなという気がしている。守る気があれば守れたのにそういう対策をほとんど打たないできた気がする。そういう中で、大規模化していくことへの補助金や支援はあったのだけれども、現状を維持しながら地域を守っていく農民に対する支援というのはなく、大きなギャップが開いてきている。大規模農家の利益は莫大なものとなっていて、小規模農家はそうではない状況になっている。

 東京や大都市の県庁所在地にあたりに住んでいるとその感覚はわからないと思うのだが、地域に住んでいると自分たちの地域の衰退は本当に恐ろしいような感覚がある。自分の足元が土壌流出して土台が亡くなっていく、そんな強烈な不安を感じている。子どもの数がここにきてさらに急激に減っていて、自分は就農してから30年近く経っているのだが、10分の1くらい子どもの数が減っている。このままいくと本当に地域全体が持たない。農業だけでなく、地域で暮らせなくなるという想いを持ちながら暮らしている。

 で、都市部でも格差がどんどん進んでいる現状がある。コロナのときからそうだったのだが、仲間と語らって少し米を集めて支援をしたりもしたのだが、コメを買えないような人たちもいれば、とりわけ、この高騰で買えてない人が増え、その一方で億ションに住むような人たちも結構いる。そういう人たちは「ふるさと納税」というある面では合法的な脱税ですよね。そういう制度を使いながら。つまり、お金もたちたちはそもそもコメを買う必要がないような制度もある。税金を地方に付け替えるだけでコメが手に入るような仕組みがあって、買えない人と買える人、お金持ちとの格差がどんどん広がっている感じがする。その結果が、それが今回の米騒動なのかなと思っている。

格差が広がる中で不満がヘイトとショック・ドクトリンを産んでいる

 いま言ったように農村も格差が広がっているし、都市の市民も格差が広がっているので、なかなかこの問題を解決するのは難しいと思っている。ひとつの選択だけでこの問題が解決することはおそらくない。こういう状況になってくると社会の不満がすごく高まっている。そのはけ口を求めるようにヘイトのゆなことが起きているのかと思っている。やはり、食の安全はすごく大事なのだが、その土台が崩れていることを感じている。こういうことは経済的には大きなショックである。こういう危機に便乗する資本主義をショック・ドクトリンというのだが、そういうことがまさに起きているな、ということを感じる。

乾田直播が象徴―DXで農民が主体となるか部品となるかの分かれ目に

 こういうショックを利用してコメ作りの現場でも、市場主義・技術主義の改革がいま急激に浸透しようとしていることをすごく感じる。それが一番よく見えているのは、なぜか急に出てきた乾田直播である。これがすごく脚光を浴びていて、これを突破口におそらく遺伝子組み換えを利用した低コスト、大規模な稲作が進んでいくのだろうなということを感じている。

 それと同時にDX、デジタル・トランスフォーメーションによって農民が持っているような技術もどんどん企業等に吸収されてデジタル情報としておそらく集積されていくのだろうなということを感じる。いま使っている農民はおそらくちゃんとした技術もあって、デジタルも入って来て「すごく便利なった。これはいいぞ」と思っているのかもしれないが、やはりその技術が一般化していくと、情報に頼るようなことになっていって、農業の主役が人からデジタル情報に置き換わってくんじゃないかという怖さを感じている。だれでも、情報があって便利になっていくと喜ばないわけではないのだが、それにどうしても頼っていくカタチになっていたときに、主役が入れ替わってしまうのではないかという怖さがある。

 これまでも、いろんな機械が新しく出てきて、戦後耕運機がでてきて、田植え機がでてきて、バインダーコンバインが出てきて、それが出てくるたびに、農業者が持っていた資本がどんどん大企業に吸収されていって、それが農業の近代化だったのだろうなとは思うのだけれども、それによって労働は楽になっていって、農業出資も喜んだところもあるのだけれども、農民の受ける利益はどんどん減少して、機械代とか肥料・農薬代とかで支払うコストがどんどん増えていった。それが戦後の近代化農業だったのだろうと。それに抗うようなカタチが有機農業の進展だったのだろうなと思っている。大規模、大型機械で大面積をこなすのではなく、身の丈にあった、自然とともにやっていくのが有機農業の基本だと思う。それに対して、違うカタチを提示してきたのが、有機農業じゃないかなと思っている。

 いま、国が進めようとしていく「みどり戦略」なんかだと、基本的には有機農業の規模を拡大していくカタチなので、有機農業も次第に近代化農業にすごく親和性が高くなって来るのかなという感じがする。こういうカタチで新しい技術が入って来てDXになってくると、農家の最後の砦であった技術の部分もどんどんと企業に吸収されていって、その結果、やはり農民が部品のようになっていく怖さをやはり感じる。技術が企業にどんどん集積されることによって、農民が自分の力で考えることがなくなっていって、生産のことだけを考えれば、もう人は単なる部品、工業化される農業になっていく感じがする。農民が主体になっていく部分もあるし、放棄させられる部分もあるので、農業が植物や農地とどう向き合っていくのか。それがいま問われている場面かなと思う。デジタル化に飲み込まれて、自然と向き合うことがなくなっていくのか。それとも、「やはり、農業の主役は農民だ」ということで、農業や自然に向き合っていけるのかの大きな分かれ道にきているのではないかと思う。

気候変動で食料生産が安定しなかったのが人類史

 そういう状況の中で、では、どういう社会、共生したような社会を作るようなことが出来るのかを考えた時に、やはり、温暖化、気候変動もあって世界的にも農業生産が不安定になっていることを感じる。気候変動や燃料・肥料費も高騰していて、そうことが世界中の正常不安にもつながっている。今のロシアがウクライナに攻め込んでいるのも、それで、気候変動が大きな要因となって不安定化している。 ただ、世界史をみても、これまではどちらかというと寒冷化によって農産物が不足することが多かった。3世紀、14世紀、17世紀の危機と言うのがあって、そのときには世界的に気温が低下して、色々な帝国が崩れていった。日本でも天明の大飢饉のように、気候が悪うなると政治が不安になると。平安末期のときもそうであれば、気候変動は政治や世の中を不安化させると思っている。

2025101402.jpg 30年経ったので、多くの人の記憶から薄れてきているのだが、平成のコメ不足、1993年のコメ不足の理由は、フィリピンのピナツボ火山の噴火による冷夏だった。どこかで大きな火山が噴火すると地球上に降り注ぐ太陽の熱が少なくなって冷夏がやってくると。いまは、温暖化が進んでいるので、皆、そのことを忘れているのだが、どこかで大きな火山が噴火すると一気に冷夏になることはいまでも起こることだと思っている。

2025101401S.jpg 地球と言うのは本当に不安定で、火山ひとつでも大きな変化が現れる。本来ならば、いまの時期も地球の流れからすると寒冷化に向かっているはずなのだが、人間の活動によっていまの急激な温暖化、それ以外にいわれているのが、人間が水田を始めたことによって気候変動を起して、少し温暖化したのではないかと。そういう影響は、福井県にある湖にある堆積物の研究をしている人がいて、そのことがすごくよくわかってきている。1年、1年の年輪のようなものが湖の底に沈んでいるのだが、それを詳しく調べてみる気候というのはアップダウンが激しいもので、ここ数千年はほんとうに恵まれた時期だったのだなという気がする。そのあたりのことは、中川毅『人類と気候の10万年史』(2017)講談社ブルーバックスに書かれているので、興味がある人は読んでみられるとすごく面白いと思う。これからの自分たちの生き方を考える上でもすごくいい本で、参考になる。

気候変動が深刻化する中、同じ短粒米を食べる隣国との連帯を

 今年もすごく高温で不作にあると思っていた人もいるかと思うのだが、昔から「日照りに不作なし」と言われてきたように、高温での壊滅的な不作はあまりなく、やはり冷夏での破滅的な不作があるので、色々な場所での農業を残していく。工業化一辺倒ではなくて、いろんな農業を残していくことがリスクを回避する上で大事な事だろうなと思っている。 こういう気候変動の時代になって来ると、やはり日本だけで食べ物、食料を守っていくことはなかなか難しいのではないかという気がする。そういうときに、私たちは短流米を食べる民族なので、短粒米を食べている韓国、中国、台湾のような国の人たちともっと地道な交流をして、農民の交流もすごく大事だと思うし、人々の交流もすごく大事で、いざというときには互いが融通しあえるような関係を持っておくことが必要かなという気がする。

2025101403S.jpg 防衛力で自分の国を守るのではなく、お互いの食べ物や農業を尊重した交流をやって助け合うようなことが出来ればいいと僕はいいんじゃないかなと思っている。戦前のように日本人ファースト、日本人が一番だと言うことで満州国を作ったりとか。いまの藤原(辰史)さんの話でも満州の話が出てきましたけれども、朝鮮半島や台湾を植民地化するというカタチは最悪で、やはり互いが互いの暮らしを守る上でどういうカタチを作ったらいいかということで、もう少しフラットにできたらいいんじゃないかと個人的には思っている。

風土的に恵まれた日本を好きな人が新しいムラを作っていく時代

 で、日本の地方の衰退の話を最初にしたが、本当に人口減少で衰退する局面になっているんですけれども、日本の自然の豊かさというのはすごくある。他の地域からみると、これだけ緑が豊かで少し草を刈ってもあっという間に植物が育ってくような地域と言うのは、世界中の中でもなかなか恵まれた場所なのだろうなと思う。その地域を、いま日本人はそこでの暮らしを諦めて止めて、どんどん都市に出ていくと。地方では、クマがでてきたりイノシシがでてきたりと、地域で暮らすこと自体がすごく難しくなってきている。

2025101404S.jpg ただし、世界中を見渡すとこんないい場所、面白い場所はなくて、こういう場所に暮らしたいと言う人は本当に要るんだと思います。本当に水がなくて苦しい場所もあれば、寒くて何も作れない場所もある中で、やはり日本の自然と言うのは豊かでいい場所であると僕自身も思うし、世界中でもそう思う人がいるんだろうなという気がします。本当に遠い過去のことを考えてみると、縄文人が暮らしていた日本列島に朝鮮半島から来た弥生人が新たな農業を持ち込んでお互いが暮らしていったように、ここに魅力に感じた人たちが一緒になってまた新しい農村を作るタイミングではないのかなという気がしている。

 これまでの過去、1,500年、2,000年続いた稲作文化というのも大きな曲がり角に来ているので、そこに魅力があってそこに暮らしたいと言う人たちが、暮らしを作っていく。そういうタイミングになっているのかなと。いままでの固定概念で同じ人たちが同じ村を作っていくという時代ではなくて、そこがいいと思った楽しいとも思った人たちが暮らしていく時になってきたのかなと思います。ただ、本来は、ムラは、稲作と言うのはやはり時間もかかるし、1年、2年で結果がでるものではなくて、10年、20年、100年先をにらんで土地を作っていかなければならないので、本来ならば、同じ人たちがずっと作り続ければ一番安定した状態になるんでしょうけれども、ただ、それが現実的には難しいときには、やはりそこが好きと言う人たちが新しいカタチを作っていく時代かなと思っています。

編集後記

 20251014日、日本有機農業研究会の主催により「日本有機農業研究会シンポジウム ―「令和の米騒動」と「百姓一揆」を根本から考えよう」がオンラインで開催された。

 本稿は、有機農家の現場から①「米は命、村なくして米なし競争から共生の米政策へ」と題して、新潟県上越市、星の谷ファームの天明伸浩さんの講演内容を取りまとめたものである。あくまでも、オンラインでの聞き取りメモを再整理させていただき、見出しも勝手に付けたものとご理解いただきたい。

【画像】
ピナツボ火山の噴火の画像はこのサイトより
『人類と気候の10万年史』の書影はこのサイトより
満州国の画像はこのサイトより
弥生人の画像はこのサイトより 
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食と農、百年の計 ― 食権力の歴史から考える

 今日は食権力、フードパワー、ということで、様々な取り組みですね。有機農業を含むんですが、食べものを通じて、社会を少しでも1mmでも変えていく試みの歴史的根拠にあたることについて議論をしていきたいと思います。

「食権力とナチスの飢餓計画」というタイトルですが、今まで私は様々な本を書いてきましたが、基本的には戦争と農業についての歴史の本や私たちの物質がどのように循環しているかというところから、人間の哲学、思想研究の二点を軸にしてきました。今回、お話する内容は、この9月に刊行したばかりの人文書院から出しました「食権力の現代史―ナチスの飢餓計画とその水脈」になります。この本は、食べ物を通じて人を統治するような歴史をナチスを中心に研究したものです。

 食権力とは何か。これは、私が考えた概念であると共に、歴史的にも使われてきた言葉です。定義を申し上げます。

「食の余剰と食の技術の集中を根拠として、人間および自然を統治・管理する力の束のこと」と述べています。少し難しければ、「今日のご飯は抜き」と親がいわば食権力です。これは必ずしも悪い意味でなくて、学校給食のように自治体が食の集中によって子どもたちに平等に食べものを配分する給食もまた食権力となります。結論めいたことになりますが、まさに巨大な食権力、穀物メジャーのようなとんでもない権力を持つ企業に対して、小さな、例えば、生活協同組合であるとか、地産地消のような、あるいは、提携運動のようなカタチで小さな食権力を持つことによってアナーキズム的なものを自治的な食権力を巨大なものに対抗させることだとみてください。

 これを実際にいった人がいます。この間100歳でなくなりましたヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger, 1923~2023年)が、フードパワーという言葉を使って、石油が軍事力と同等に食も外交の武器として用いることができる。相手を脅迫したり、食べものをやらないぞと言ったりすることができるわけです。こういうふうなことを皆さんが知っておくと、より有機農業を進めていく意義が見えてくるのではないかと思います。

 食権力の特徴は、金銭や石油、ガスといったエネルギーを根拠に発動される権力よりも根源的、かつ、恒常的に人や自然を変化される。次に、あらゆる権力にはもともと食権力があって、占い師は食べ物を独占する。あるいは、食べものを生産しないで握ることによって、食べものを他の人々への配分の権利を握っていく。これが、やがて、王や政治家に変わっていくわけですが、そもそも権力は食権力から始まっているのではないか。

 三番目にはその象徴として倉庫がある。倉庫に抱え込んでおくと、共同体の食べ物の象徴となって、場合によっては、そこに攻撃が仕掛けられた利、あるいは、それを持つことによって、それに従属している様々な人々、集中している食権力の担い手に敬意を抱いたり、あるいは、おそれを抱いたりする。

James-ScottS.jpg それから、四番目ですが、ジェームス・スコット(James C. Scott,1936~2024年)の『反穀物の人類史』(2019)みすず書房を皆さんは読んでいらっしゃると思いますが、この中では税、穀物という地上で成長し、地上で収穫ができるコメやムギといったものは、古代の巨大な権力が人々から税を徴収するのにちょうど見えやすい、監視しやすい食べ物だったと言っています。これは、まさに穀物が食権力の中心となっていく出来事と重なっていく。

  五番目は、食権力という言葉の理論としては、ミッシェル・フーコー(Michel Foucault,1926~1984年)という哲学―私たち人文学者は必ず読まされるのだが、このフーコーが言っている「生権力」と食権力は親戚、もしくは兄弟のようなもので、彼が言うには、「生きている者を価値と有用性の領域に配分し、資格を定め、測定し、評価し、人間を上下関係に配分する作業」と。まさに、食権力は生権力の一部でもありまして、このように食を通じて人間を上下にわけていく。ちなみに、フーコーは、生を重視していたのですが、ただ食と性というのは常に交じりあいながら監視されていきます。簡単に言うと国家は人口を増やししたい。人口を管理したい。あるいは、優性思想的に人工の質を高めたいと思いますので、性と食は相互において巨大な権力を発揮していく。私が同時に9月に出した本『生類の思想―体液を巡って』は、性と食を巡る思想・哲学の本です。

 食権力の発動の仕方は、食の集中なのですが、どうやるかというと、巨大な資金を持った人間が世界中の生産者から穀物を集め、世界中の消費者へと売っていく。まさに砂時計のようなカタチで一カ所にボトルネックで集めて売るということになります。この砂時計モデルは、ラジ・パテル (Raj Patel,1972年~) 、この方の本も皆さん読んでいると思いますが、『肥満と飢餓』として日本語で翻訳されていて、その彼が唱えた理論でして、ちょうどボトルネックの部分を握ること。これは、単に食料だけではなくて、農業技術、遺伝子組み換え技術、化学肥料技術、農薬技術が砂時計で集まっていくことで、ここのボトルのちょうどくびれの部分の言うことを聞かない限り生産者も消費者も両方とも立ちゆかないという、そういう権力のあり方です(略)。

  皆さんにとって食権力という言葉は聞きなれない言葉だろうと思っておりますが、他方で、食権力という言葉はキッシンジャーが使っていたように、むしろ食を使って人を苦しめる、外交の武器にするというマイナスのワードが多いのです。ですが、冒頭でも申し上げたように小さな食権力を握り、自分たちの食のあり方を決めていく食の自治もこれもまた権力の問題で、そういう意味での権力という言葉は決してマイナスだけではない。これをイメージしていただきたいと思う。「食暴力」という名前を付けなかった理由は、「食権力」には二つの意味があると。巨大なモノと小さなモノとがあるんだと。小さなモノと言うのは、巨大な世界を支配しているようなものに、まさに食の砂時計のガラスに孔をあけて、直接、消費者に食べものを落としていく。そういうようなバトンのあり方だと考えています。

安田節子 いま、藤原さんからの人類の暗黒史のお話でした。でも、希望も語ってくれました。今日、ガサで意図的に飢餓を作り出すことを私たちは見聞きしております。

編集後記

 2025年10月14日、日本有機農業研究会の主催により「日本有機農業研究会シンポジウム―「令和の米騒動」と「百姓一揆」を根本から考えよう」がオンラインで開催された。

 本稿は、講演「食と農、百年の計 ― 食権力の歴史から考える」と題して、京都大学人文科学研究所の藤原辰史 教授の講演内容の一部を取りまとめたものである。あくまでも、オンラインでの聞き取りメモを再整理させていただき、見出しも勝手に付けたものとご理解いただきたい。

【人名】
ジェームズ・C・スコット教授の画像はこのサイトより
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2025年10月04日

家庭菜園から始める気候変動対策~種と多様性が育む未来の食

Nanako-Sakata.jpgSeed of Life 坂田奈菜子
恵泉女学園大学名誉教授 澤登早苗

温暖化の影響は農作物に出てきている

澤登早苗 昨年3月に恵泉女学園大学を定年退職しました。Seed of Lifeとは最初の頃から一緒にやっているのだが、ライフラボ多摩ということで、次世代にどうつないでいくのか。自由学園でどう教育を展開していくのかをやっている。

Jhon-MooreS.jpg坂田奈菜子 シード・オブ・ライフは、ジョン・ムーア(Jhon Moore,~2015年)によって設立された。私は普段は編集者。色々な情報にふれているのだが、タネのことを知る機会がないので、それを育てる未来について話をしたい。まず、気候変動について、先生、今年は暑かったですよね。歩いて火傷をするほどの記録的な猛暑。災害も多発している。100年あたり1.4℃上昇している。どうですか畑で。

澤登早苗 命の危険を感じるので、エアコンが入った場所でと言われるし、朝早く起きて涼しいうちにというのだが、中高生を対象に農業を教えているのだが、アラートが出ると授業ができない。そんな状況が続いている。

坂田奈菜子 実は、気候変動は食や農業とも密接に関係していてこの50年で5倍近くも災害が増えている。これが私たちの食にどういう影響があるのかと。国立環境研究所の出している情報なのだが、陸と森と海で紹介しているのだが、農業だと品質が低下する。フルーツグロワー澤登としてどうでしょうか。

澤登早苗 キウイは夏が暑くて乾いているのが得意な果樹ではないので、研究者として研究もやってきているのだが弱い木が枯れてきている。ブドウの方は中央アジアが原産なので結構いい。さぁ、困ったなぁと。

坂田奈菜子 山梨県、長野県も困っている。

20251004040S.JPG澤登早苗 サクランボで双子果が出たり、色がつかないので山梨の赤ワインの原産地がより低温の長野に移ったりとか。果樹には冬の低温も必要で、作れるところが移動しているほど深刻。

坂田奈菜子 米も白濁してしまう。畜産も乳量がへる。

澤登早苗 トマトも実がつかないとかインゲンでも実がつかないとか、これも高温障害。今、春作の花が咲いています。

農業近代化を支えてきた輸入肥料が高騰

坂田奈菜子 産地も変わってきている。次に森だが、森や海も影響がある。これから私たちの食はどうなるのか。農業の視点から話をしたいのだが、今、どういう農業をしているというと、食糧難を感じたことがないのだが、戦後から緑の革命ということで、品種改良と農薬、化学肥料で世界で大規模な農業が進んだ。品種改良したタネと合わせて化学肥料や農薬をセットで使用している。これが短い期間、100年で農業を変えた。

澤登早苗 有機農業推進法とかみどり戦略も出来て、やっと「有機」と言っても変なことだとは言われなくなった。有機農業を進めなければならないことが認められたのは素晴らしいことだ。

坂田奈菜子 これまでは有機と言うと「変わり者だな」と言われてしまっていたし、農薬と化学肥料があたりまえだったのが変わって来た。例えば、日本の化学肥料の自給率は、尿素は4%、リンは100%、カリも100%も輸入で、これが価格高騰した。

澤登早苗 ロシアで産出されていることもあって、その危機感から農業のやり方を変えていることは現場で聞いている。

野菜も値段が高いためタネは海外で作られている

坂田奈菜子 食料の自給率は大豆は6、7%。パンも17%。輸入をしなければ豊かな食は保てない。そして、野菜は80%だが、タネまで考えると。

澤登早苗 タネ袋の後ろに書いてありますよね。

20251004043S.JPG坂田奈菜子 現在、生産されている野菜の90%以上がF1種。それまでは自家採種をしてきた。

澤登早苗 百姓はすべてやっていた。それが、だんだん分業化してきて、売るとなると種取りは大変なので、買えばそれですむようになってきた。社会のシステムが変わってきた。

20251004044S.JPG坂田奈菜子 これが茨城県のとある道の駅で売っていた写真。

澤登早苗 以前はタネ屋で売っているのはF1であっても、国内で作っていた。けれども、タネ屋が国内で採種すると値段が高くなるということで。かつては、長野とかが多かったのだが、今は海外産になっている。

坂田奈菜子 国内の採種場がどんどんなくなっている。日本の野菜の種の90%は海外に依存している。タネまで考えると国産野菜を食べているのかと。海外に依存するとどんな課題があるのでしょうか。

海外からの輸入農産物は水の面で持続性がない

澤登早苗 いまカリフォルニア米が輸入で入ってきているが、これは砂漠の上で水を撒いて作っている。砂漠に水を撒いているので、いつまで入ってくるのかなと。サンフランシスコの南でもワイナリーが増えているが、これも水がいつまで持つのかなと。オーガニック・ベビーキャロットが水を大量に使うことに対して、地元住民が水利権を主張して「水を使うな」と訴訟を起こした。地域の人がボイコット・キャロットをしたことなので裁判(での訴訟)を取り下げたのだが、水がないと作物が育たない。実は、乾燥地で水を撒くところで作るのがいちばん有機がやりやすい。ただ昔はポンプが能力が低かったので降雨量と釣り合っていたが、今はポンプの揚水力が向上したので海水が入ってきてしまう。バーチャルウォーターから見て大丈夫かなと。オーストラリアも深刻で。日本は雨が降る国なのに。

タネが自家採種されない問題点は?

坂田奈菜子 土壌もそう。マッキンゼーのリポートで20~30%の土壌が荒廃している。私は前に十勝にいたのだが、十勝でも同じようなことが起こっている。十勝山脈で風が吹くと土埃が起こって土が移動する。すると何を撒いても育たないと。次に種の視点から。海外で採ったタネは何が問題なのか。

澤登早苗 コメ、ムギ、ダイズは、国内で採っていれば品質も劣化しないのだが、そのタネを海外で採っていると作物が育つ環境が日本と同じだといいのだが、違うところだと、例えば、ニュージーランドに私はいたのだが、夏が乾燥していて、そんなに温度があがらない。そうしたところで出来たタネは病気や温度への抵抗力がうまく働かない。その土地の風土が遺伝子に書き込まれていく。それが生かされていく。そうじゃないと場所では、なかなか育ちにくい。

坂田奈菜子 風と土。そこには、ウイルスも微生物もいて、私たちはそこに本当にコネクトしていて、生きようとしている。なので、お腹にいる微生物は土壌とつながっている。タネも物ではなく、生き物なので、様々な経験をしてそれを遺伝子の中にインプットしてタネを作る。見えないことまで考えると。

澤登早苗 旅行して水が合わないとお腹を壊すことと同じことがある。それと、品質管理は日本は高い。頻繁に旅行会社で行ければいいのだが、海外では雑で交雑が起こってしまったり、採れたタネにばらつきがあったり。山梨でもそうしたことがトウモロコシであったし、自由学園でも白菜なのに、そうでないのがあったりとか。もちろん、タネのばらつきは大事なのだが、海外産でF1とか言いながらばらつきがあるのは問題。ダイズの播種も1ヶ月遅らせた人はできるが、そうでないと、つるぼけしたりと。

20251004048S.JPG坂田奈菜子 今日は2時からタネの交換会をしていたのだが、なぜ多様性が大事なのか。例えば、チョコレートやコーヒーは気候変動の影響を受けていると。栽培できる場所が限られてきている。コーヒーはほとんどがアラビカ種が栽培されているのだが、同じ品種で病害虫の問題が出ている。わかりやすい事例がバナナで、今栽培されているのは、キャベンディッシュだけである。2015年以降、耐性を突破させている。

澤登早苗 キウイも同じ品種では全滅するよと。ジャガイモでもアイルランドでもあったけれども教科書その物。

坂田奈菜子 何回やっても同じことをやってしまうのが人間。

澤登早苗 いわゆるエリートだけを育てようとした問題。雑は強い。多様な遺伝子がある。ばらつきがある方がいい。

タネをベランダで自家採種することから

坂田奈菜子 社会構造と似ている気がする。ただ、それも選んでいるのは消費者である。これを回復していくのが次の課題、役割ではないかと。世界的にも多様な遺伝子目を向けている。次に、生産者の視点から。

澤登早苗 2006~2007年で世界的には都市部の人口が農村よりも増えた。作る人よりも食べる人が増えたと。いま、農村は60歳でも現役。

坂田奈菜子 そろそろ無理も効かなくなっている。そして、源となるタネを誰が継承していくのか。

20251004051S.JPG澤登早苗 農家だけに在来種での採種をお願いするのではなく、タネは自分のところで採ってみようかと。1粒でも2粒でも採れればそれが次につながる。その面白さ。1,000人が1種類づつやったらたくさんのタネが採れて。食べ物を確保する一歩、それをやってもらいたい。

坂田奈菜子 まず地元の動ける場所で、そして、里山にもいっていただいて。東京ではバルコニーで。近くの菜園でも。タネも地元でお願いすることで確実に地元の子になる。最初は南アフリカの子かもしれないけれども。そうやって形質が固定したのが固定種という。

澤登早苗 タネはばらつきがあっても当たり前。人間だって兄弟は皆違うのが、植物もそうなのだが、それをF1にしてきた。

坂田奈菜子 恵泉でも恵泉菜というのがある。

澤登早苗 花を咲かせたあぶら菜科を採っていて、学校でもカフェがあったときにはケーキに入れていた。

坂田奈菜子 家庭菜園だったらそうした品質を楽しんで食べてみる。家庭でも一人一人。命のつながり。つながりを豊かにすることで豊かになっていく。

澤登早苗 2016年からCSA、地域が支えるだけでなく、日本の地域を支える農業、双方向で名前がついている。紫蘇やルッコラは交雑しない。

坂田奈菜子 農家がみるとこうした畑はきちんと管理してないといわれるのだが、こんな多様性があるガーデンがありますか。虫が住んだり小鳥がきたりする。こういう自然の様子を残せるのも家庭菜園の役割である。

澤登早苗 自然環境サイトと環境省が言っているときに防草シートを張ったり、そうしたことに対して消費者側からいう必要がある。うちは、農場を1994年から有機に切り替えてきたのだが、卒業生がこの会場でも出店者として活躍している。

編集後記

 本稿は、2025年10月4日(土)に浜松町の東京都産業貿易センターで開催された日本オーガニック会議の主催による「第10回オーガニックライフスタイルエキスポ2025」での15:30~17:00の「家庭菜園から始める気候変動対策~種と多様性が育む未来の食」の内容をまとめたものである。見出しもこちらで勝手に付けている。あくまでも、会場での聞き取りメモを再整理させていただいたものとしてご理解いただきたい。

【画像】
ジョン・ミューア氏の画像はこのサイトより。日本に来たのは約30年前。電通を経て、その後パタゴニアでの仕事を経て、2012年に一般社団法人 SEEDS OF LIFEを高知県で立ち上げた。
講師の画像はこのサイトより
posted by 情報屋 at 15:30| Comment(0) | 講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする