名古屋オーガニック朝市村
地球環境にやさしいとして有機農業が着目されている。現在、1%にも満たないものを国は25%にするとしている。その道のりは。現場を取材した。
ここで、名古屋のオーガニック朝市村が登場する。
毎週土曜日開かれる朝市村、オーガニック・ファーマーズ・マーケット。
「美味しい、獲れたて、そのままでも美味しい」と消費者の声が出る。
割高で見栄えが悪いと敬遠されてきたが消費者の意識は変わりつつある。
20年近くも運営してきた吉野隆子さんは「有機農業という言葉が広がるこんな時代が来るとは思いもよらなかった」と語る。
だが、日本の有機農業の面積は0.6%で世界から出遅れている。そこで、日本政府は7月に法律を制定。2050年までに有機農業を全農地の25%に増やすこととした。農家やモデル地区に対する補助金を増額する。その理由のひとつが環境保護、そして、世界的に食料事情が悪化し、高齢化が進む中で新たな担い手を農業に呼び込むためだ。
岐阜県白川町で移住した新規就農有機農家
朝市村には相談コーナーがある。そこで紹介され若い人たちが次々と移住した村がある、として、シーンは岐阜県白川町に移る。
この町では有機農業が盛んに行われている。名古屋市から車で1時間30分。標高150mを越す山間の町である。そして、東日本大震災を契機に横浜から妻と移住した高谷裕一郎氏が登場する。
「絶対に安全というのがないので地に足を付けた暮らしをしたいと思った」と裕一郎氏が語れば、奥さんの聡美さんは「子どもと一緒に食事をしながらできる範囲のことをする。その前提の上に有機農業があった。夫の提案にいいねというそれだけ」と答える。
NPO法人有機ハートネットを通じて有機農業を学び、移住から2年後に自分の田畑を持った。ナスやズッキーニ、コメ等20種類を生産し、名古屋のスーパーやネットを通じて全国に販売している。
高谷氏は子どもの頃から土をいじるのが好きで、大学の大学院で土壌微生物を研究。その後、種苗会社でサラリーマン生活。それなりに知識はあったが、いざ脱サラをして有機農業を始めると難しさに直面した。
例えば、雑草対策。合鴨農法もあるが児嶋健氏が「襲われた」というエピソードを語る。そして、病気の対策も大変である。風通しを良くするためトマトも株数が少ない。
有機堆肥と生ゴミ循環
高谷氏が「是非見て欲しい」と運んできたのが有機堆肥である。化成肥料はもっと量が少ないし、液体であればかけるだけいい。
この堆肥を作るために、町内の豆腐店からおからをもらってトラックを堆肥舎に運んでいる。そして、高谷氏は、生ゴミを堆肥化するワークショップも行っている。水分を減らすことがポイントで、セミナーの受講者は「ゴミが減って助かる」と語る。
こうしてためられた生ゴミは数カ月毎に回収し、落ち葉や生ごみを絶妙なバランスの配合で堆肥にしている。評判がよくスーパーでも販売しているという。
「農業では苗半作という言葉がある。そして、培養土で作るといい苗ができる」と高谷氏は語る。
有機農業を始めても堆肥づくりがうまくいかなかった人を対象に、堆肥づくりの学校も開催している。夏には、無肥料、鶏糞と、堆肥で育てた肥料の違いの味比べをした。高谷氏の堆肥が最も味が濃く評価が高かった。
こうした農業が広がっていけば化学肥料や農薬の使用も減っていく。
「化学肥料や農薬を使わないことそれ自体が目的ではなく、有機農業という生物の多様性を保つループがまわらないので使わない。これがぐるぐる回れば、農家もうれしいし皆も快適に過ごせる」
慣行農家との交流と農地の調整
7月に高谷さんたちは交流がなかった化学肥料や農薬を使う農家との情報交換も始めた。
「高齢化で維持できない田んぼができている」と慣行農家が悩む。一方、高谷さんたちには次々とやってくる就農希望者に紹介する農地が足りないという課題がある。
「僕らも困ってますけれども、向こうも高齢化で困っている。互いの問題を解決できる感触があったので」
さらに、有機農家にも収入が得られないという課題がある。そこで、副業としてキャンプの運営やサウナの経営をして収入を補う農家もいる。山間で収穫量が限られるため農業だけでは週末だけのレストランを経営する人もいる。こうした収入の問題を農家まかせにせず行政が解決した自治体がある。
千葉県のいすみ市登場
千葉県いすみ市は、稲作が盛んだが米を作っても高く売れず、担い手不足が深刻化してきた。そこで取り組んだのが有機米の生産である。きっかけは市長の大胆な発想だった。
「コウノトリが飛ぶ姿を慣行のシンボルにしたいという思いがありました」と太田洋市長が語る。
環境と経済とを両立させた街づくりを目指し、9年前にコウノトリを復活させた兵庫県豊岡市に職員を派遣。その鍵は農薬を減らした農業であることから、さらにハードルが高い有機農業に挑むことにした。
「全国で誰もできないのであればやってみようと思った。1万人の農家を敵にまわすのですから」と市長。
プロジェクトの仕掛人となったのが農林課の鮫田晋主査。サーフィン好きが高じて埼玉県から移住した農業未経験者だった。
有機農業に最初に取り組んだ矢澤氏の田んぼでは「農薬や化学肥料を使わなければいいんだろうとやったら、想像ができないように草がでてしまった」と矢澤氏が語る。
大失敗すると、すかさず市が専門家を招いて勉強会を開いた。水の深さを厳密に管理する等、雑草を生やさない技術を習得。翌年には改善された。鮫田主査も農家をまわってアドバイスできるようになった。
矢澤さんはこう語る。
「彼がいなかったらどうなったか。大学入試の何倍も勉強したといっていましたが、本音だと思いますよ」
害虫対策への不安もあった。だが、農薬を使わないことで自然が豊かになり、クモやカエル等、害虫を食べる生きものも増えたという。子どもたちはこうした生物多様性と有機農業の関係について学び秋には収穫体験も行っている。
なんとコウノトリもこれまで2度飛んできたが、実は有機農家を何よりも支えたのは子どもたちだった。
千葉県の有機米の生産を支えたのは販路の確保である。1.5倍だが市が買い取って学校給食として5年前にはすべて有機米となった。それが全国に知れわたり視察も相次いでいる。
「いすみ市は有機農業をやるうえでアイドル的な存在なんです」と消費者。
もちもちしていておいしい。残す量も減った。2017年には2500人で必要な42tを超えて、うわまわったものは高級ブランド米として一般にも販売している。
「いまのところ独り勝ちですからね。収穫すればするほど2万5000円で売れるんでうから」と太田市長。
いすみ市は野菜の有機化にも取り組み始めた。いまや8品目が提供できるようになった。
移住者も増えている。東京から移住した宮川聡さんのキュウリをアナウンサーが美味しいと食べる。
「保育園やその下の子どもに広がったらいいと思っている」と宮川氏。
そして、有機給食がなければここまで広がらなかったと鮫田主査は言う。
「農薬を使わないで、作られた農産物とかもしっかりと買い支えてあげる社会でないとやはり農業が続けていけないですね。我々みたいに支援する側がどうやったら(有機農家が)安心して取り組めるかを頑張らなければいけないと思っている」
編集後記
TBSが2022年9月17日に30分ほどだが有機農業について報道したので、この「報道特集」の議事録を作ってみた。
名古屋のオアシス21での吉野隆子氏、移住で有名な白川町、そして、いすみ市と有機で登場する有名どころを抑えているので、何かの参考にしていただければ幸いである。






