2022年08月25日

映画、杜人・矢野智徳氏トークショー

司会 岩崎信子 最初の挨拶で、金子美登さんから、熊谷も暑く40度を超すという話を聞いた。そして、小川町が変われば埼玉県が変わると。ということで、今日はわざわざ矢野さんに来ていただいているので、小川町への期待のメッセージを頂きたい。

小川町は大学時代にもフィールドワークで経験をしてきた

矢野智徳 私は世の中に知られるよりも現場が抱える多種多様の問題点をどう具体的に改善できるかに取り組んできた。それが日々の課題だった。だから、皆さんに知ってもらうことは、後追いだったのだが、山梨県の上野原に引っ越してから、ポツポツと「大地の再生」の講座を開かせてもらうことになった。その初めの頃から「つぶつぶマザー」の方が身延におられて、つぶつぶマザーのグループと知り合いになって、そして、岩崎さんともつながるようになった。岩崎が取り組みを始められたのは8年も前のことだ。

Sikisakura.jpg 小川町は、都立大学の地理学科にいたときに助手の方に連れられて、寄居町と小川町を地理学の研修先としてフィールドワークをした。平野と中山間地の点と線とを結ぶ大事な「中間地」として地理学の視点で講義を受けたご縁があり、また、幼少の植物園[北九州の白野江植物公園]での体験を通じて、寄居町と小川町に分布しているシキザクラ(四季桜)が眠っている状態だったので、これを地域の特産として、首都圏を含めて荒川流域で見直されて「憩いの場」として豊かに育まれるような地域活性化がなされることがなによりだなと、都立大学のときに助手の先生と話をしていた。

 こうして開かせてもらったことが、長年、東京に30年近く生活をさせてもらっていたのだが、自然の豊かな場所、都市と田舎をつなぐ大事な場所として、海から山までの大地の血管の斜面転換線の水脈の大事なところが、自然も人も豊かになると。そういう動きにつながっていけることが、日本の各地域にとってもモデル的に提示できると思っている。岩崎さんたちの活動が広がってくれればいいと思っている。

ここを良くするとあの山がよくなるという矢野さんの言葉

岩崎信子 私は、いつも会いたいと思うと、その人の仕草をみて、その人を観察して、自分でもってかえりたくなる。そして、矢野さんの講座は最初に参加したときには、ただ草刈り機で高く刈っていくのに驚いた。それが、職人までなっていく。食もそうで、大地の再生と通じるところがある。[腸の]通りを良くして栄養を良くしていく。矢野さんが「ここを良くするとあの山がよくなるんだよ」と言われたと。そんなことがありました。そして、大人から子どもまでわかるように2022年に矢野さんの活動を映画にしてくれたことで、嬉しく思っている。ということで、今日は参加できないのだが、前田監督のメッセージを聞かせてもらいたい。

皆でこの世をよくしているという肯定的な世界観

代読 ラブファーマーズ2021にお集まりの皆様。今日は「杜人」を上映いただきありがとうございます。「杜人」は矢野さんや他の人に頼まれたわけでなく、私が作りたいと言うので、2018年5月から矢野さんを追いかけて3年の映像をまとめたもの。その出会いは国立市での桜の伐採問題。忘れられないのは「虫たちは葉を食べて空気の通りをよくしているのですよ」という矢野サンの言葉。この世界が圧倒的な肯定と信頼に満たされたと。その自然観を一人でも多くの人と共有したい。それで映画作りが始まった。熱い呉の被災地も、寒い仙台も一人で感動していた。それが、映画を作る責任を重くしていた。たくさんの人の「結」がなければ世に出ることがなかった。4月15日に吉祥寺から上映会が始まったが、これがしっかりと地下に根を張って根底から変えていく力になっていくのかどうかだ。そして、絶望しそうになったときには肥田舜太郎(1917〜2017年)さんからいい言葉を教えてもらった。原発が容認される中でより重いと言葉だと思っている。

肥田先生からの一言〜あしもとを大切にせよとの言葉

Hida-Shuntaro.jpg矢野智徳 3.11の後、肥田先生の講演を東京のクレヨンハウスで朝、聞いた。90歳を超えて杖をつきながらなされていた。よくここまでこの活動、原発は良いものようで実は負の産物であることを身をもって研究されてきた先生が、GHQや日本医師会から睨まれながらも、被爆され、広島の惨事を見た中で、たった一人でやってこられたことをお聞きする中で、「大変だったのだろうな」と。私も造園界で、恩師の中村[和郎]先生に「土の中では、空気が動くように水が動く」と言ったら、「そんな話は聞いたことがない。空気と水が一対的に動いている現象はない」と教えてくれた。そのときに、「これは現実です。どこもそうなる」といったら、先生は「それが大変なことだと。地上の気象環境は研究されているが、大地の中の環境は研究がされていない」と。

 先生から「是非これを追ってくれ」と言われたのが40年前。ただ、「現場を1日、仕事としてこなすだけでも大変なんです。費用の範囲でさらに研究することは至難の業です」と正直にお話したら、「たった1枚の写真でもいいから撮りためよう」と。1枚の写真だったら撮れるということから、見える水の裏に実は空気があることを先生と確認したのが出発点。そして、大地の中の気象環境という小さな現場から始まったのだが、やればやるほど仕事も大変になって、追えば追うほど大きな問題になっていく。小さな現場の水脈の環境改善が周辺の地域、さらに、流域、水源域、高山帯の分水嶺のエリア。こんな連鎖が起きていると。そして、負の環境問題が起きていると。それに突き当たるとこんな大きな問題をどうやったら伝えられるのかと。

 当時、都立大の地理にいたときで、その後、東大に行かれた先生に相談したところ、「一造園屋の範疇として秘伝として収めたほうがいいのではないか」と。けれども、これを恩師の中村先生に話したら、「小さなこととしておいておくわけにいかない。大事なことだから続けよう」と。

 そして、現場から「見える化」していくと、多くの人がこの問題を見てくれるようになり、事業として研究としてやればやるほど、一体どうやれば、多くの人と連携して、空気が通らないと水が通らないことを社会の常識としてしていけるのかと。これをどうするか。

 この半世紀の研究で肥田先生がよりどころになったのが、3.11。「なぜ、多くの人と連携してやってこれたのか」との質問をお付きの人に聞いたら、「サイン会が1時間半あるので終わったらお聞きしましょう」と。そして、サイン会の後でたったひとつお聞きした。

「なぜ。たった一人で右も左もわからない原発の問題をどう広めてこれたのか」と言うと、「難しいことではない。先をみると方角がみえなくなる。だから、わからなくなるほど足元に集中して忍耐をして協力してくれる人に伝えてきた」と。その一言がすごいことだなと。

 途方もなく大きく思え、手が届かなくなるような問題であっても、動物のようにすればいい。動物は先のことを考えない。目の前のことに必死で生きている。肥田先生の言葉と、私が日常で見てきた生き物の姿。「ああ、動物のように生きればいい」と思った。わずか15分くらいだったが、その時間だけでも、生の現実に向き合ってきた大先輩の先生の言葉は、なによりもの宝物の言葉だなと。で、「まだなにかありますか」と肥田先生が言われたので、「もう十分、貴重な答えをいただきました」と、そして、「なにかやることがあればお手伝いしたい」とお答えして、お別れした。残念ながら、お手伝いができないまま100歳でおなくなりなられた。ただ、人と自然がかかわっていける貴重なことだと思いました。

岩崎信子 まさに足元を見ることだと思いました。赤堀さんは畑でも大地の再生をしているが、家もしているので。

赤堀香弥 床をはるときに竹沢地区なので浸水した。寄居の中央園芸が来てくれて床に穴と開けようと。基礎工事も穴を開けた。水脈としてU字溝に穴をあけた。川がコンクリートが打たれていて水が流れが止まっているのでワークショップをやったら台風19号もあったが水がたまらない。4歳の子が風邪の草刈りをやるし、小学生の子は意味がわかっている。

岩崎信子 今日は、矢野さんは、和歌山から来てくれています。コンクリートでだんだん緑がなくなっていくので、それをスライドで伝えたいことがあるというので。

大地の泥化が松枯れの原因

2022082514s.jpg矢野智徳 この写真は河川。相模川で流域から泥がでている。かつてはこうしたことがなかった。雨のたびに泥が発生して砂浜や岩場に泥が付着して空気の循環を塞いでいる。松林が枯れて死ぬのと領域の泥汚染とはほぼ重なる。大学の頃、九州と東京を新幹線で行き来していると砂浜、白砂が泥でやられて、「因果関係があるのではないか」と恩師に話したら「そんな報告はないね」と当時も言われた。

 マツクイムシの被害ひとつとっても大地がドブ化していることで起きている。いまは、松枯れが終わったのち、常緑のカシや落葉のブナが枯れている。海の白化現象。動植物の負の連鎖が起きていることが見えてきている。今日は、関西空港まで和歌山の現場からレンタカーで走り、上から日本列島の流域を見ていると、関東平野、小川町を中心とした上流と下流。ドロ汚染が全国で広がっているので、これが良くなると立ちどころに呼吸が良くなり、生物多様性、大地のラジエーター機能も復活して温度が10度も下がるのが、それを変えれば途端に変化する。「ミクロもマクロも相似形」ということを地理学で先生から教わったことから、日本列島全体に大地、つまり、地上と地下のことが反映している。あたりまえのことだが、ミクロを改善すると、沖縄から北海道まで、大地の現場を改善すると流域も再生して本来の豊かな生態系が戻ってくると。もう一度それを大切に捉えることが大事である。流域災害、地震も災害も生物の劣化も全部共通なのです。

加古里子が直感で描いた豊かな生態系の図

2022082515s.jpg これは住宅の断面図。大地の再生活動で説明してきたことだが、豊かな風土が広がっていた[過去の]時期に対して、今の住環境はコンクリートで高山帯まで泥水を生み出すようになっている。コンクリートが大地の血管である水脈を遮断している。最初は、「これを全部取らないと循環が戻らない」と途方にくれたのだが、コンクリートに穴をあけ、バイパスを通すとカビだらけのコンクリートが自然の岩の苔が生えるようなコンクリートになってきた。コンクリートの上でも循環する大地を再生すると見事に生物が返ってくる。

 豊橋の屋上庭園も脈を通したら、ひと夏で耳が痛くなるようにセミがいる。そこにいるお孫さんが耳がいたいと。というよりも、トンボやアゲハ、セミが住む場所になってくる。地上と地下の循環。

kako-Satoshi.jpg 大気の空間が境界面で滞りやすいのだが、その詰まりを動植物が日夜カバーしてくれている。その感動することを教えてくれたのが加古里子[児童文学者、本名は中島哲。工学博士、技術士。1926〜2018年]さんの本。加古さんは体感していたのだと。これが昔の人達が育んできた実態だと。

 流域の循環、生物の多様性、海の幸、山の幸を生み出していたんだなと。すごい時代がかってあったと。それが残念ながら損なわれている。それに気づけば小さなことからやれる。

 私も途方に暮れた。日本列島1年かけて生身で歩きながら気候風土を体感したのだが、数十年で傷みに傷んだのだが、本当に落胆したのだが諦めるわけにいかない。

Kazuro-Nakamura.jpg そこで始めたのがヤンバルのスダジイの森。乾燥していてすかすかの森になっているのを治した。そして、肥田先生にもお会いできた。諦めなくてもいい。地理の恩師の中村先生。ミクロもマクロも相似形。諦めなくても草の根活動でも十分に再生するのだと。実践をさせてもらう中で、人の「結」の連携が草の根活動だし、動物としての本質だと現場を通じて教えてくれた。現場を通じて、人は一人では生きていけないことを知った。それを見事に見せてくれる文化と歴史があったのだと。先輩たちのやってきてくれた足跡があることを踏まえれば、自然の環境はきっと答えてくれる。それが、過去の数十年、中村さんが教えてくれたことを共有できる結果なのかなと。

岩崎信子 今回は、映画だけで終わらしたくなった。座学もあって、その後にワークショプを入れようという企画でした。教わったことは実践してみると。効果が出ることがあるんだと。よしなんかやってみようと思ったらやってみる。例えば、移植ゴテで微振動が伝わると。最初、8年前にはわからなかったが、前回のワークショップでは風がまわってよってくることが見えると。来月は3回見学会があるので。興味のある人には日程をお知らせしたい。前田監督のおかげで皆に知ってもらえた。

2022082516s.jpg矢野智徳 最後に加古里子さんのこの絵をみていただくと背丈に応じて、根を張っていることがわかる。これがないと風は地面を吹き抜けていく。草があると風が抵抗を付けてゆるやかな空気流で大地の中に入っていく。ただでなく、根っこに空気をつなぎ、根をつなぐ。大量の空気が、バクテリアから小動物の呼吸までをつないでいる。植物は植物だけで生きているのではなく、バクテリアが呼吸ができるようにしている。小動物が穴を開けているのではなく、この穴があることでつまりやすい表層大地に空気が入るように呼吸を促しながら、細根を張って、みな連携している。表層大地ほど、水圧や動圧がかかる環境の中で①耐圧。②保水、③補気、④大地の清浄化、泥濾し、悪濾しという4つの機能を果たしていることを、この絵は見事に凝縮されている。そういう視点で環境を見ると環境が深いことだと実感できる。それも、五感を通して。動物らしく、それぞれの動物に与えられた感覚学習が本質が学びの本質だし。

 最後にひとつ、「百聞は一見にしかず」という諺があるが、その後がある。「百見は一行にしかず」。つまり、聞くことから始まり、見ること。そして、やってみること。これを日常化する。ひとすらやって日常化する。そして、やっと考えに及ぶ。こういうすごい諺があった。ある学生から教えてもらった。こんな貴重な諺があることを多くの人が知らない。この四行が学びの本質として年相応に、分相応に培われていけば学びの本質があると。毎日、学んでいられる。あきらめないでいられる。すごいなと。

 明日、実際に感覚を通じて生のフィールドワークをさせてもらうが、体を通して感じ、五感を通じると学びのことが実感できると。

日本は世界の縮図

赤堀香弥 豊かな日本に生まれた意味。日本の立ち位置は。

矢野智徳 日本列島はまことに小さいが、地球規模の風土が凝縮されている。大気もジェット気流を含めて、シルクロードの果にあるジパングが桃源郷ということは、地理の世界から現場を通じて見てきたのだが、大気は地球規模でここを経由して、海流も、大地もマントル対流、プレートも「地流」として、地球のあらゆるキャラクターを備えている。全体の本質を兼ね備えているのは、体でいうと臍だと。

 だから、日本列島が、地政学でも、世界の交易の中でも世界の歴史の中で登場する理由が環境から見ていくと納得できると。日本列島各地の環境改善を大学のときも回らせてもらったのが、「すごい風土だ」と思った[当時の]実感はそういうことだったと。以上です。ありがとうございました。

編集後記

 本稿は、2022年8月25日(木)に埼玉県比企郡小川町「小川げんきプラザ」で開催された「ラブファーマーズカンファレンス」での映画「杜人」の上映に続く、16:30~17:15の矢野智徳氏のスペシャル・トークショーの内容をまとめたものである。有料でのセミナーであることから、録音、録画はできない。あくまでも、会場での聞き取りメモを再整理させていただいたものとしてご理解いただきたい。

shisetsu2-syomeniriguti.jpg 話が飛ぶ。日本三大カルストというと有名な秋吉台、愛媛・高知県境の四国カルスト、そして、福岡県北九州市の平尾台である。最後の平尾台だけがアクセスが悪いことから、遠くから山尾根を見たことはあるのだがまだ行ったことがない。で、意外なことに今回のメインゲスト、矢野さんが北九州出身であれば、トークショーの前座で話した作家、島村菜津さんも福岡出身で、平尾台は小学校のときの遠足の行き先だったという。

 いきなり、地質の話から始めたのも、今回の会場となった「小川げんきぷらざ」は、標高264mの金勝山の山麓に広がるのだが、この地域は三波川変成帯で変成岩しかないはずなのに、なぜか金勝山は「角閃石石英閃緑岩」だからである。

 断層によって、北から移動してきたペルム紀の岩石で根無し地塊(クリッペ)だと推定されている。低角度の衝上断層によって移動してきた岩体(ナップ)が、侵食作用によって本体から切り離されて孤立した地塊のことを言う。したがって、新しい岩石からなる山体の上に山頂部にだけ古い岩体が乗ることになる。金勝山とはこれほど特異な山なのである。

【画像】
肥田舜太郎医師の画像はこのサイトより
中村和郎教授の画像はこのサイトより
加古里子氏の画像はこのサイトより
北九州の白野江植物公園の画像はこのサイトより
四季桜の画像はこのサイトより
posted by 情報屋 at 16:00| Comment(0) | 講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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