2021年02月26日

21世紀の協同組合論

 生活クラブ京都エル・コープ 境毅

資本主義から抜け出すためには理性よりも感性の共有が大切

 当時、欧州は大変な危機であった。そこで、カナダの研究者、アレクサンダー・フレイザー・レイドロー(Alexander Fraser Laidlaw, 1907〜 1980年)による「レイドロー報告」がなされた。これは、大規模化した組合の信頼性への危機を訴えたものであった。

Robert−Owen.jpg 協同組合は、ロバート・オーエン(Robert Owen, 1771〜1858年)の時代から古くからあった。当時は、現在とは逆で、工業の株式会社はなく「これからは協同組合の時代だ」と言われていた。それだけに立ち遅れた。これを克服したのが1844年、イギリスの工業都市マンチェスターの北東にあるロッチデールで、織物工など28人の労働者が、自らの手でより良い社会を生み出そうと作り出した「ロッチデール公正開拓者組合」である。そして、次が経営の危機であった。 そもそも、労働者は自給できていない。労働力だけが売り物である。

 それでは、資本から抜け出すにはどうすればよいのか。資本に亀裂を入れることが必要だし、いまはコロナ禍の中で亀裂を入れやすい。陣地が作れる。けれども、以前に自給自足をしてきた人たちもいるが、彼らはなぜか仲良くない。なぜなのだろうか。

 そこで、参考になるのが、フランスの哲学者、パリ第8大学のジャック・ランシエール(Jacques Rancière,1940年〜)名誉教授である。彼は、アテネの奴隷と市民との間では対話が成立せず、奴隷の言葉は市民社会では無視されるとした。今もそうで、「言葉」は暮らしによって成立している。コンビニでファストフードを食べている人と有機農業で自給している人との間では対話が成立しない。したがって、「理性」に基づく「同一性」ではなく、「感性」の「共感」に頼るしかない。

感性を交換し合う言葉の対話が重要な理由

 そして、そこで重要なのが「対話」である。対話では聞き手側にイニシアティブが生まれる。私も以前には左翼で、左翼は「オルグ」といって相手を説得しようとしてきたのだが、実は「聞き手」にならないと相手は説得できない。ここに聞くことの妙がある。他者の話を聞いているうちに、話者との関係性が変わってくるのである。

 ミッシェル・フーコ(Michel Foucault,1926〜 1984年)の「眼差し」は支配する側しかみてこなかった。これでは、これに対抗する眼差しがわかってこない。山田真貴子内閣広報官が7万円のステーキをおごってもらったことが話題になっているが、これもまさに下からの「眼差し」であって、それを正さなければならない。

 水平的な対話の関係では「感性」の交換がなされる。これが大事で、水平的な対話関係においては「感性」が共有できることが大事である。そして、いま、動画の発信もできるなど、多くのツールもある。こうしたパフォーマンスがいい消費財、メディアの消費財に磨きをかけることが大切ではないか。

エネルギー、食料主権、連帯経済と自治

Nobuhiro-SuzukiS.jpg こうした「陣地戦」や「迂回路」を考えるときにネックとなるのが「官の壁」である。行政は人の横のつながりを嫌うため、これを潰そうとする。そこで、運動の方向性だが、3つあると思う。

 第一は、エネルギーの自給。第二は地域自治と社会的連帯経済。第三が食料主権である。産消提携の協同購入運動は、以前からなされてきたのだが、これがコロナ禍下で改めて重要になっている。東京大学の鈴木宣弘教授の議論が重要なわけはそこにある。安達英彦氏との共著、『日本農業過保護論の虚構』(2020)筑波書房ブックレットは必読書である。そして、下からの地域通貨を使った循環で、雇われない働き方での仕事場づくりをしていく。

欧州とラテンの合体による社会的連帯経済

 例えば、非営利の経済組織、社会的企業による社会的包摂である。グローバリゼーションによる格差社会によって「社会的包摂」がヨーロッパでは流行した。これを重視したのが「社会的経済」である。けれども、その後、ラテンアメリカからは、これでも不十分だとして「連帯経済」が提唱され、最近は、この2つも一緒にということで「社会的連帯経済」になっている。優良事例が多くあるのが、斎藤幸平准教授が「人新世の資本論」(2020)集英社新書の中でも取り上げているスペインである。次回はこれを紹介する。そして、株式会社も非営利事業化ができるのではないか。実際に労働者の持ち株による会社が実験されている。

質疑応答

K.Y 本質的なマネーをとりあげないと格差社会がなくならないのではないかと思って関心を持った。そして、金融に原因があると思って「公共貨幣」に興味を持った。たとえ、日銀が公共貨幣に変わったとしても、このいきすぎた資本を止めるという根っ子の問題解決まで貢献できるのだろうか。

境毅 いい論点での質問だ。経済成長によって富が生み出せるのであればいいのだが、そうではないときは国債で利子をかけて出すしかない。それが壊せないのはそれを食い物にしている既得権益者がいるからだ。

Kaoru-YamaguchiS.jpg 国家紙幣は公共紙幣なのだが、それを作られせないようにしている。大学で貨幣論を研究できないのもそのためだ。元同志社大学の山口薫(1946年〜)教授が言っているのはそれで、リンカーンとケネディが暗殺されたのもそのためだ。儲けがなくなってしまう。

K.Y そもそも価値のない紙切れを増発できることそのものがおかしいので、まずは公共貨幣が大前提。無尽蔵にマネーを増刷できるのを止めて上限を設けることが大事になるのではないか。

Katsuhito-Iwai.jpg境毅 無尽蔵にマネーを出していいというのが「ヘリコプター・マネー」だが、マネーというのは市中銀行の当座預金の預金表なのである。だから、マネーは流通できている。東大の岩井克人(1947年〜)名誉教授の「人々が信用しているからマネーを受け取る」という説は嘘である。無尽蔵にすったら国債を出さなければならないし、国家が利子を負う。日銀も政府も同じだという意見もあるが、無尽蔵に紙幣を発行して利子を払わないでもよいということにはならない。山口薫さんの「公共貨幣」では日銀を潰すことになるのだが、僕のアイデアとしては日銀と兌換可能なベーシックインカムの併用があると思っている。国家紙幣は利払いがいらんから国の債務はないが、裏付けがないので日銀が出す紙幣と兌換する。すると日銀券の方が停滞するのではないか。すると面白い事が起こる。誰かやるのではないか。

H-DouglasS.jpgT.R ベーシックインカムを提唱したクリフォード・ダグラス(Clifford Hugh Douglas,1879〜1952年)の発想には、適正価格と公共貨幣とベーシックインカムの3つがないと駄目だというのがあったと思うが、それが詰められていない。ヘリコプターマネーは論外だし、「文化を作ることで社会を変革する」という発想は大事だが、なぜ日本は変われなかったのか。

境毅 1970年代には会社が潰れたりしたが。

吉田太郎 前回は「公官庁が市民の横の連帯のつながりを邪魔している」と分析されたが、資本主義社会からの逸脱を目指した有機農業運動とかコミューンが仲が悪いのはなぜなのだろうか。私が知る限り、このような人たちは階級闘争理論のような観念や理性にもとづく同一性ではなく、ヒッピーのように感性の共感で会社をドロップアウトしたような気がするのだが。

境毅 (社畜になっていることから)ドロップアウトするときに感性の共感ができたとしても、現場で何かをやりはじめたときの感性は別ではないか。そこで突き当たる。一つの方法は、ヤマギシズムように洗脳することだ。

Y.J これから儲けようとしているのは「モノ」ではなく、サービス。教育、医療、介護といった「コト」ではないか。そして、教育も狙われているのではないか。

境毅 そのご意見に賛成。私はいまの経済は、負債経済。つまり、負債で回っていると見ている。格差拡大は借金漬けにしていく。高利資本がヘゲモニーを持っている。けれども、封建主義を壊したのも高利資本であることを考えれば、資本主義もそうなのではないか。ということで、教育を考えたときに労働者協同が面白い。次回のために調べているが、さらにこれよりも踏み込んだ「社会的協同組合」も出てきている。イタリアは精神病院からの隔離を止めたために、そこから出てきた人を対象に障害者を包摂する事業体があるし、韓国はいちはやく2007年に導入している。

Y.H 食料の自給について鈴木先生の著作を教えてもらいたい。

長谷川浩 境さんも学生運動の世代だ。日本ではその世代が企業戦士になっている。聞きかじりなのだが、ドイツでは若いときに学生運動をした人が地方に根付いて地方から変えていったと。アメリカもヒッピー運動が盛んだ。私はみんながヒッピーになればいい。就活をやめればいいと思っている。で、昔のヒッピーはいまはどうなっているのだろうか。

境毅 アメリカはヒッピー崩れが、パソコンを作ったと言われているが、日本でも最初、都内でやっていて、いま千葉でやっている人がいる。

長谷川浩 前回は、エコビレッジの学習会をしたが、三重県の鈴鹿にはアズワンもある。また、学校給食のいすみ市にもエコビレッジ的なところがあり、「ソーヤ海」もそこにいる。

O 高畠町から。首がもげるほどうなずいたという表現があるが、今日がまさにそうだった。何か具体的な実例はあるのだろうか。

境毅 労働者協同組合法はまだ出来たばかりなので法律に基づく事例はないが、事例はすでに2,3万はある。ひとつが法律制定のために頑張ってきたワーカーズコープである。もともとは事業団。失業対策事業に取り組んできたが、それが打ち切りになったときに戦った。そして、自分らで仕事を作ろうと大きな闘争をやった。法律ができるまで40年もかかったのは、闘争を受けたために認めるなと自治体が申し送りをしたからだ。いい目をさせんと。

Martin-Buber.jpg とはいえ、実績としての事業は相当ある。もうひとつが生活クラブ生協を母体にできたワーカズ・コレクティブだ。これは女性が中心で小規模だ。こうした団体は法律によって直ちに移行できるが、最低賃金を払うという条件がネックとなるだろう。仕事を作らないと作れないというのがネックになるのだろう。

 また、吉田さんから質問のあったパウロ・フレイレだが、京都文教大学の米田量さんがパウロ・フレイレに入れ込んでいて読書会をやったが、僕は少し古い人のような気がする。「対話」でいえばむしろ、マルティン・ブーバー(Martin Buber, 1878〜1965年)の「我と汝」と「我とそれ」という議論がいいのではないか。「それ」だと相手がモノになると。「我とそれ」の対話になってしまう。もうひとつ参考になるのがアダム・スミスの道徳情操論である。米国のプラグマティスト、ジョン・ディーイ(John Dewey, 1859〜1952年)ではなく、もうひとりのプラグマティスト、ウィリアム・ジェームズ(William James,1842〜1910年)が対話関係では「一般的他者」の態度を取ることを掘り下げている。

Emmanuel-LevinasS.jpg あと重要なのがエマニュエル・レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906〜1995年)である。

 とにかく、今の霞が関は、机上で文章を作っている。元通産官僚の古賀茂明氏によれば、上に逆らって地方に飛ばされた人しか現場をしらんないと。

松久寛 我々はとかく理系なのでノウハウが多かったが、今日はそうではなくて理屈、本質的な話ができた。。

【画像】
ロバート・オーエンの画像はこのサイトより
ジャック・ランシエール名誉教授の画像はこのサイトより
日本農業過保護論の虚構の画像はこのサイトより
山口薫元教授の画像はこのサイトより
岩井克人名誉教授の画像はこのサイトより
クリフォード・ダグラスの画像はこのサイトより
マルティン・ブーバーの画像はこのサイトより
エマニュエル・レヴィナスの画像はこのサイトより

編集後記
 本稿は2021年2月26日に一般社団法人 縮小社会研究会 & 母なる地球を守ろう研究所の共催によってなされたオンライン連続セミナー第2回「自分達で自分達を雇う労働者協同組合学習会」での生活クラブ京都エル・コープの境毅(1941年〜)による講演の内容である。なお、以下のサイトでも参考資料を得る事ができる。
posted by 情報屋 at 19:30| Comment(0) | 講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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