2020年12月14日

地域サスティナビリティ農学概論

福島大学農学部 金子信博教授

なぜオーガニックが重要なのか

Nobuhiro-Kaneko.jpg 3年前に福島大学に着任した。それ以前の職場は農学部ではなかった。福島県においては政府は森林は除染しないと言っているために、森林は除染されていない。しかし、地元の住民は森林から出てくる放射線物質を懸念している。そして、土壌微生物を使うとわずかではあるが除染できることがわかっている。

2020121414s.jpg 第二に、不耕起栽培の重要性は三ポイントある。第一は土壌撹乱を防ぐこと。第二に不耕起によって土壌表面が覆われていることである。以外に知られていないが紫外線はかなり深いところまで入る。そこで、土壌がむき出しなのはかなり不自然なのである。第三に輪作・混作が大事なことである。一種類だけの作物を栽培し続けていると病害虫が増える。

 よく自然農法ではやってみても良くないという批判を受ける。けれども、それは一つだけやっている場合であって、この3つをセットでやるとだいたい良くなる。

世界では不耕起が主流に

 FAOによれば、現在2011年では1億2,500万haが不耕起である。韓国も23,000haが不耕起となっている。けれども、日本では報告書に数値が出ていない。国際的にはやっていないことになっている。けれども、実は、日本では自然農法がかなりの技術でそれをやってきた。

2020121415s.jpg では、世界ではなぜ不耕起が広まっているのかというと、耕起によって土壌が劣化するためである。ただし、不耕起の場合は除草の問題がでてくる。このため、除草剤を使うこととなり、遺伝子組組み換えの除草剤耐性の作物を栽培することになる。それを考えた会社があるのだが、雑草の方の進化が早く、すでにラウンドアップは効かなくなり、別の除草剤を散布したり混合したりしている。さらに、除草剤によって表面が裸にされるため、当初目的としていた土壌侵食はそれほど収まってはいない。

 これに対して、この近くの自然農の浅野(与五右衛門)さんのところを訪れて感銘を受けた。不耕起で草生のやり方で栽培ができればいいと思った。温室効果ガスの排出でも悪くはない。

 さらに、世界的には、土壌に蓄えられている炭素量が、化石燃料として排出される量に匹敵して土壌から出ていると、言っている人もいる。そこで、パリ協定では、0.4パーミをストックすれば、化石燃料からの分が相殺できる温暖化が防げるとの話もでた。

2020121416s.JPG そして、実際に、三重県で調査してみたところ、かなりの効果があることがわかってきた。さて、2023年に次のCOPの会議がされるが、「12月5日」が土壌の日であったこれもあまり日本では話題になっていない。

 SDGsもミレミアム・エコシステム・アセスメントがあって、それを我々のグループが翻訳したのだが、それが駄目であったのでいま、SDGということで、盛りあげている。それは、生態学的な仕組みを強化することで、アグロエコロジーにも含まれている。そして、ヨーロッパでは土壌の大切さがきちんと広く解説されていると。

農水省長野暁子補佐スピーチ(ビデオ)

参議院議員須藤元気氏スピーチ(ビデオ)

徳江倫明氏スピーチ

Tomoaki-TokueS.jpg 日本の有機農業運動はそもそも公害運動から始まった。私は水俣で生まれたが父親が窒素の経営層であった。プラントの技術屋だった。そこで、高校生の頃に反対運動を目にして、テレビに父親が映っていたことから、そうしたことで世の中を見るようになった。そして、公害問題があった頃に有機農業運動はかなり広がり、また、チェルノブイリ原発事故もあった。そこで、農水省にも農薬や化学肥料を減らす政策があった。しかし、安倍首相の時代にすべてが逆戻りして、今の農業政策は輸出とかビジネスになっている。これは過去に何度も試みてすべて失敗しているものである。

 一方、先程、須藤先生が話されたように世界の動きは逆である。今年の春の農業基本計画の見直しがあり、有機農業推進法の中で推進計画も見直されている。農水省としてもかなり環境政策と農政の一致を目指している。農水省が基本方針をこの4月に出したのだが、それをほとんどの人は知らないが、実はSDGsの実現を踏まえつつと、かなり、急激に今年から有機の後押しがでてきている。

2020121417s.jpg では、この半世紀の動きの中をみて、有機農業をどう推進していくのかというと、私の中では不耕起と自然栽培はほぼ同じである。もともと有機農業という言葉は、1972年に一楽さんが言ったのだが、その以前に岡田茂吉や福岡正信がいた。そして、世界の有機農業の定義、例えば、IFOAMの有機農業の定義は「土壌、自然生態系、人々の健康を持続させる農業生産システム」となっている。これは、より本質論な定義であって、ここには安全とかは出てこない。そして、一楽さんよりも岡田や福岡正信の自然農法とかに近い。にもかかわらず、この動きに対して日本の農業者の認識は不十分である。

 しかし、逆戻りはしない。こうした覚悟の中で気づいた人から進んでいくことが必要である。そして、本当に動きやすい時代になった。私は、最終的にはローカルが大事であって、いま、千葉県を「有機の里」にするために取り組んでいる。できるだけ、多くの自治体、それも、市町村に参加してもらうことをしている。県や国を相手にするよりは、市町村と組んで動きを作ったほうが早いというのが最近の私の実感である。

パタゴニア近藤勝弘チームリーダースピーチ

Katsuhiro-Kondo.jpg パタゴニアで食品を扱う日本でのビジネスの責任者である。パタゴニアはアウトドアの会社で48年目になる。では、なぜパタゴニアが食なのかと。その背景についてご紹介させていただきたい。これは創業したときの写真だが、Sの文字が入ったシャツの人が創業者である。野生の中に身をおくことが好きで40歳になるまでテントも買わなかった。自然の中に足跡を残さないことを目指した人であった。そして「ピトン[ 元々ドイツ語由来であったハーケンも最近はピトンあるいはペグと呼ばれることが多くなってきている]」の製造からスタートした。その中で、耐久性のある服がいるということで1970年代、80年代に世界中を旅して目にしたのが変わり果てていく世界の風景だった。大好きだった山のトレイルもなくなってしまうし、気候変動によってアイス・クライムもできなくなってしまうと。さらに、クライングがブームになればなるほど岩肌を傷つけてしまうと。この中で「故郷である地球を救うためのビジネスを育む」。すなわち、ビジネスを通じて環境や社会問題を解決するという概念がでてきた。

David−Brower.jpg また、[地球の友をはじめ多くの環境保護団体を設立した傑出したナチュラリスト]デヴィッド・ブラウワーガ(1912~2000年)は「死んだ地球からはビジネスは生まれない」と述べている。このままでは破滅しかないと。さて、この40年の中でオーガニックのコットンの開発を手掛け、1996年にはすべてをオーガニックに切り替えた。こうした取り組みを通じて、他の業界にも影響を与えてはいるのだが、気候危機は悪化するばかりだと。

Yvon−ChouinardS.jpg そこで、創業者、イヴォン・シュイナード(1938年~)[注]はこれを加速化させていかなければならないとしている。

「問題の症状を超えて問題の原因について話せていると確信を持って言えることをやらなければならないと」

Kaneko02s.jpg さて、二酸化炭素はもともと土壌中にあったものだ。そして、ラタン・ラル(1944年〜)教授によれば、そのバランスが崩れていると。そこで排出あれる量を削減することがまず取り組みとして必要だが、それだけでは遅い。そこで、より多くの炭素を地球の中に戻していく。作れば作るほどよりよい方向にシフトしていく製品と。そこで考えたのが、解決策は土にあるということだ。足元にある土壌に健全に戻ればより多くの炭素を戻すことができると。いま、工業型農業によって土壌を劣化させて炭素固定量が少なくなっている。農業そのものが健康な土壌を育てるのであれば地球を救えるかもしれない。それとあわせて、新しいジャケットを買うのは5年か10年に一度である。実際に、パタゴニアのウェアは長持ちする。私がいま着ている服もほとんど傷んでいない。だが、一日に三度の食事はすると。そう考えて食品のビジネスを始めた。先程の長野暁子さんの話からも農業が気候危機問題の原因のひとつとなっているとの指摘があったが、食品を変えれば逆にこれが問題の解決策になると。こうしてできたのがビールや天然のサーモン等である。ウェブサイトで見てもらいたい。

 また、リジェネラティブ・オーガニック農場。午前でも視察があったが、いま、パタゴニアでは他の農家や企業、団体とアライアンスを組んで認証制度を立ち上げた。これは、3本の柱からなっている。土壌の健全性、労働者の公平性、放牧を基礎とした動物福祉である。今日、お聞きの大学院の皆様には、ズームなので、認証が取れた最初の我々の商品として、ドライマンゴーのフルーツバーをお召し上がりいただけないのだが、それは環境を守り、かつ、美味しさにもつながると。

編集後記

 本稿は2020年12月14日(月)に茨城大学農学部において行われた「地域サスティナビリティ農学概論」と題する福島大学農学部 金子信博教授の講演内容をまとめたものである。

【画像】
金子信博教授の画像はこのサイトより
徳江倫明氏の画像はこのサイトより
近藤勝宏氏の画像はこのサイトより
デヴィッド・ブラウワーガ(David Brower)の画像はこのサイトより
イヴォン・シュイナード(Yvon Chouinard)の画像はこのサイトより
(注)米国の登山家、実業家。1960年代にヨセミテのクライミング黄金時代を築いたが、人気ルートの岩が無惨な姿になったのを目の当たりにし、岩を傷つける道具の製造から手を引くことを決意、岩を傷つけないクリーンクライミングを提案した。1973年にパタゴニアを設立。
ラタン・ラル(Rattan Lal )教授と金子教授の画像はこのサイトより

posted by 情報屋 at 00:00| Comment(0) | 講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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