アグロエコロジーは複雑系
さて、昭和4年生まれのオヤジ世代から、教わってきた。多様性と安定性だが、そのキーワードが複雑系である。理論的な話で最先端はいま「複雑系」になってきている。ここ十数年で本が出ているのだが、昨日も有機農業学会があったのだが、「自然共生型農業」がアグロエコロジーだと。で「ふむふむ」と思ったのだが、共生は英語では「シンバイオシス」になるのだが、それよりも複雑系である。
一番、最初は自分はハスモンヨトウと配偶行動の比較をやった。フェロモンで害虫を防除する。当時、最先端であって95%も捕れるトラップを開発した。当時、学部生で卒論で大受けした。武田薬品とか引っ張られた。けれども、あえて大学院に進学して、当時は寒い関東ではハスモンヨトウがいないので西日本、四国農試にいった。ダイズやサトイモの中四国か九州の被害がひどかった。そこで、どれだけ捕獲できるかを善通寺でやっていた。大塚製薬のものよりも捕れたのだが、夜行性なので夜、ふとダイズ畑を見ているとオスとメスとが交尾している。人工トラップとオスとの戦い。何%捕ったらオスに勝てるかを計算した。天文学的な数値でコストダウン倒れになる。こんなことをやっていてもきりがない。もとから害虫が出ないとだめだと。
「田の虫図鑑」(1989年)は農文協のベストセラーとなったが、実は、これを高橋史樹のところで博士論文と同時進行で書いていた。いまだったら体がガタガタになる。奥歯2本が虫歯になった。
虫見板が廃れたのは伝統農業世代の喪失とネオニコのため
けれども、宇根さんの虫見板を実際に使っている農家が80年代、90年代にはいたが廃れていく。ある世代が変わっていく中で虫見板も現場で使われなくなったと。いま、現場で使っているのは宇根さんと広島ののぶやす君という稲作農家ぐらい。宇根さんは10万枚売れたというが、アグロエコロジーとして使われなくなったのはなぜか。
当時の60代の農家、伝統的農業をやっている人は、「この虫知っとる、あんなことするぞ」と。つまり、農薬防除をする以前の田んぼを知っていた。田植え時期も画一でなかった。圃場整備前の多様性のある田んぼでやってきた人は地元の名前があった。民俗学的にいえば農協の組合長とか普及所長の兼業農家が80年代、90年代にはいた。私も講演に呼ばれて機能していた時代があった。そして、90年代後半に来たので別の本に書いたのだが、日本の水田からタガメやゲンゴロウが消えた。つまり、「ただの虫」が農薬会社のターゲットになった。会社が害虫発見版として配り始めた。当時は、粉剤や液剤でカーバメート系や有機リン系、ピレスロイド系が多く、作業をすると悶絶する姿を農家が目にできた。誰だって可愛そうだと思うのだが、1990年にネオニコチノイドが出てくる。苗床に少量で1ヶ月半シャットアウト。コモリグモ、アシナガグモに効かない。害虫だけを殺す。前の薬よりも安全だと僕らも思った。
そこでその旗振りをやってくれないかと宇根さんと私のところに来て、その抵抗手段がタガメとゲンゴロウが圃場整備だと。いまもその延長線である。ネオニコ問題は実はポストに入っている。次のができている。昨年から西日本でハチやトンボに優しい農薬ができている。けれども、虫を殺すのが多様性ではいいとはありえないので、次の研究を密かに着手している。とはいえ、リスク評価をやってもきりがないと。
農薬は殺すので、できれば使わずに駆除できればいい。ケースバイケースだが、畑でもみかん園でも同じだが、どういう栽培をしていいのかを複雑系の中に身をおく。農家参加型研究と。それを支援する社会システムが必要で、それが認証や流通の仕組みである。日本は遅れているがこうしたコンサルタントがあるといい。自分がまわってもいいのだが定年退職した頃はボロボロになるので特に徳島でもできる人がでてきているといい。研究者である必要はない。宇根さんも一介の普及員である。さて、ミゲル・アルティエリもレベルが高いと喜んでいた。こちらも出前で相互にやると。けれども、結構、アカデミックだったりしている。多様であればいいものではない。
アグロエコロジーが我田引水になると危険
アグロエコロジーが心配なのはいろんな人がアクセスしてくること。そして、我田引水が多い。それは、アメリカでも欧米でもあったし研究者の中では80年代にもあった。若い頃に私が見せられたのは、ビール飲みながらの説教。それで、いまのようにアグロエコロジーが発展できたのはいいと。つまり、多様性を高めることが安定になるわけではない。そのことは、農業経営のプロがわかっているのではないか。ミカン産地の吉田町に卒論生と宇和島に通うのだが、親子で1000万、2000万円を上げている農家もピカピカの農薬ミカンではなくて、有機ではないが自然のことはよく知っている。複雑系だと。傾斜が30度を超えるところでミカンを作るという神業をしている。そこから経験則で疑いながらフィードバックで頑張っているのではないか。
田の虫図鑑は、アマゾンの中古で買えるのではないか。つまり、こうした図鑑をそれぞれの農家が作る。そのうえで集落で作る。さらに地域で作る。県が作るのは病害虫の農薬会社のものとなるので問題がある。文化性も一緒になって、それがレジリアンスの農業につながっていくのではないか。それがアグロエコロジーではないか。それが池上さんがいう小農主義ではないか。
質疑応答
小野 虫の問題。圃場は茨木市。就農して9年になるのだが。
檜山 不耕作地で無農薬をやっているが、畑になったら、虫も植物も数が減ったなと。巣もなくなったのかなと。新しく益虫や害虫がくるのかなと。タヌキやアナグマが出て掘り起こされる。根本を掘るだけなのだが、ヨトウムシを食べてくれているのかなと。
日鷹一雅准教授 ビオトープで実験をしてみたが、ときとして天敵のすみかになることもあるが害虫のすみかになることもある。自然のままだといいというが、福岡正信さんに、「何もしない」と言っているが、直接、会ってみると、いろいろとやっている。あの人は一流の農学者で植物病理学者で、いまは教育が細分化されているが、その前なので叩き上げで知識が詰まっている。そういう人が「するな」とかいっても適宜草を抜いているし整地している。モグラがきたらスコップで叩いている。哲学的に「よけいなことを浅知恵でするな」と細分化された科学だといって一般化するから変なことをするからめちゃくちゃになると批判された。
焼き畑を椎葉村で見させてもらって無駄がない。ときどきいくと収穫するとそれをみないといけないと。桐谷からきたらわからへんと思うでと。山火事が頻発していて山火事と一緒で。焼き畑が大事である。福岡さんはたいてい、科学者はいかんと広島からフェリーでわざわざいっても追い返されたし。その頃、福岡さんは歳をとっておられたが焼き畑では意気投合した。態度が変わった。「君はおもろいな」と懇意にさせてもらった。自分の農法のヒントにしていると。
また、高橋先生の『高橋の対立的防除から調和的防除へ』(1994)農文協も自然と結ぶ。アグロエコロジーを紹介した人で、自然と結ぶ。やっていることは間違っていない。実験だと思って、つまり、わざと耕さないで残してみる。自然を結ぶ。それは観察ですねと。福岡さんの何もしないというのは嘘です。
岩本 自然農法をしているが、ちょうちょとヨトウムシをなんとかしたい。
日鷹一雅准教授 いい方法がないかと言われるとネットになる。ダイソーでも売っている。かなり多くの害虫を駆除することができる。ただ面白くはない。キャベツは論文を書いていないが不耕起でうまくいったことがある。自然有機農法で絶版だが、最初のアグロエコロジーの本なのだが、長年不耕起でやっている不思議な畑。裸地ではない。リター層が重なっている。高橋先生が竹を取って刺すとずぶずぶと50cmは入る。「日鷹ただ見てたらあかんで」と。隣の広島菜を作っているところは入らない。救世系の自然農法で12年はやっている。完熟堆肥をまいてリターを上におく。森林の三層構造。A0層と。5年目からできるようになったと。そういう農家がいなくなった。学生はわかるのがいる。そういう経験を若いときにするとかわるが、ただ不耕起では虫は抑えらない。病害虫相もかわる。全部がいなくなるなんて話はない。ダイコンサルハムシは飛ばない。ヨトウムシとどっちと付き合ったらいいか。ネキリムシもでる。前からそういう傾向があった。自然農法をした人は信心深いので、欲張って窒素をやったんじゃないかなとか。バークをいれたのか。EMの影響かなと。基礎研究をちゃんとやっていないので。ただ、必ず勝つ野球はない。大谷でも2割5部しか撃っていない。
吉田太郎 菌根菌についてはどうだろうか。
農学者は単純化を求めてしまう。ナニガタヤ、外来植物に走る。菌根にリンが供給できる。それで負の環境問題になってしまった。環境省が特定外来。そこで菌根菌にいこうとそうなるとアグロエコロジーと農学の差、福岡三的に言うと浅知恵や。小川先生はわかっていた。伝統農業がすごい。
害草、益草、ただの草。600種類。おばあさんの植物図鑑。これはおばあちゃんから教わった。おじさんはキノコをしっているが。舞さんはあっている。これは一個一個している。生態学実習。弟子入りするしかない。伝統農業はばかにできない。そこに人間と自然の深いカンケイがあって進化まであって。それが安定生産になっている。なぜ手をかけないのであわや冷えができるの。椎葉村ではルールがあるが学ばさせてもらったがそれは福岡さんの農法にもなる。
草をどう管理するか。土作りもそうだけれどもどんな堆肥でどんな菌根にもまだわからないこともあるので。これから、基礎研究でやらなければいけないが自分はやれなかった。
日鷹一雅准教授 ミゲールに聞いたら。一概に駄目だと言ったら工夫の余地もない。ものできないと相手してくれないよね。観客が来ないプロ野球みたい。
橋本慎司 見学者がこないとモデル的な農場がないと広まらない。提携が広まったのは高畑とか一島とか見学者がきた。会員が増えてきたと。おっちゃんも苦手なのにモデルを見た人が納得した。人を納得される実践がないと。
日鷹一雅准教授 プラクティスが重要だとアグロエコロジーではいう。ここは失敗、ここはいいで小さくでもいいから勧めて和を広げるのがいい。地域によってもいい。小さくても広げていくのがいい。
橋本慎司 〇〇農法にこだわると技術が固定してしまって見向きしないのでおもしろくないやん。せっかくサラリーマンを辞めて自営をしたのになんでまたマニュアルの後追いをしなければならんと。
日鷹一雅准教授 宇野さんや小農本論で津野幸人さんと農民芸術論。第三種農家を増やそう。日本耕作者同盟。伝統農業を見直そうと地域の在来種も大事で、そこに芸術性があると。日米ワークショップで彼は芸術論をぶっていた。しかし、アグロエコロジーは流行らんといって帰っていたが。
池上甲一名誉教授 同じ農学部でも農業経済なので農学がわからない人がおおい。分子工学ばかりなので複雑系を単純にしようというのがこれまでの科学だったのに。橋本さんがいっておったらけどマニュアル化や定義がいると画一化で面白くもない。有機もJASでこれにあわせればいいやんで工夫をしなくなっている。ではどうやって食っていくのか。それを社会システムとして支えっれるようにするのが大事だと受け止めた。FAOとユネスコの主催でアジアでやるのだが枠にはめるタイトルが多い。
日鷹一雅准教授 ファンクション、ダイバーシティとか言っていたのだが、90年代にコンプレクシティをヴァンダミアがいいはじめた。マルチファンクションもスタビリティも怪しい。それはいまだに色あせていない。日本だと論理性もないし。複雑系は真鍋さんも物理学からでてきたが複雑系の解析。農家も言われるが。あえてそれを言っていくしかない。それを抜いてはならないところだと。
池上甲一名誉教授 おばあちゃんの植物図鑑はしらなかった
日鷹一雅准教授 方言がきつうてわかない。あるかないといけない900mの福井さんとか坂本先生とか。
日鷹一雅准教授 ドクターコースで負けるぞとこのおばあちゃん。焼き畑は1日で100の草がでてくるのでついていけない。こういうことを田んぼの虫ができないといけないと。原点のようなものである。
編集後記
2021年12月7日、18:00〜20:00にかけて、オンラインでなされた「西日本アグロエコロジー協会」の連続学習会第2回」での愛媛大学農学部生物環境学科農生態学の日鷹 一雅准教授の講演内容をまとめたものである。
2021年12月7日、18:00〜20:00にかけて、オンラインでなされた「西日本アグロエコロジー協会」の連続学習会第2回」での愛媛大学農学部生物環境学科農生態学の日鷹 一雅准教授の講演内容をまとめたものである。
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